私小説風 亡き息子との再会も紡ぐ
〈マッサージ、テーブルチャージ、トリアージ。わしが感染したら後期高齢者で肺気腫。いちばん先にトリアージ〉
表題作はラップ・ミュージックのライム(韻)を刻むように、洒落(しゃれ)や地口を縦横に駆使。シュルレアリスムの自動書記まで取り込んだ疾走感のある文体で、まるで望まぬ災厄の「ジャックポット(大当たり)」を引いてしまったようなコロナ禍の狂騒を描いた。
「小生、もう歳(とし)ですから、コロナはさほど怖くありません。むしろ若い人たちや壮年の元気な人が、こんな時にもかかわらず規制を無視した夜の飲食店に溢(あふ)れているのを見て、もう笑うしかありません」
コロナ禍においてなお、死が人ごとのような現代とは異なり、少年時代は死がもっと身近にあった。
出征した兵士は〈白木の箱に入って〉故郷に帰り、大阪・梅田の地下道には餓死者が横たわっていた戦後の記憶。「ダークナイト・ミッドナイト」では、そんな死を巡る個人史をラジオのDJ風につづった。
〈お前さんの息子や孫の方が早く死ぬかもしれない、いつ来るかわからないからこそ死なんだってね〉
そう書いた2年後の昨年2月、長男の伸輔さんを食道がんで亡くした。51歳だった。筒井さんが2012年7月から朝日新聞に連載小説「聖痕(せいこん)」を書いた際には、伸輔さんは挿絵として蜜蝋(みつろう)画を手がけた画家でもあった。
巻末の「川のほとり」は私小説風の一編。主人公の〈おれ〉が夢の中で、亡くなった息子の〈伸輔〉と再会する。
死後の世界を否定する〈おれ〉は三途(さんず)の川を思わせる岸辺に息子を見つけると、〈これはおれの見ている夢なのであろう〉。そう自覚しながらも、その姿が消えてしまわないよう、懸命に話しかけようとする。
「あくまで創作ですから、実際にあんな夢を見たわけではありません」という筒井さんは、解説書を手がけるほどハイデガーの哲学に傾倒し、主人公と同じく、死後の世界の存在を認めない立場。
それゆえに、主人公が漏らす〈(伸輔はもう)どこにもおらん〉というひと言には、死後の再会の可能性をも否定せざるを得ない悲しみがこめられているように読める。伸輔さんを亡くしたことで、死生観に影響はあったのだろうか?
「死生観は以前のまま、ハイデガー一筋です。勿論(もちろん)、先駆的決意性には到(いた)っておりませんが」
自らが死にゆく存在であることを受けとめ、その自覚から生をとらえ直そうとする「先駆的決意性」。その境地には届いていないとしながらも、いつか訪れる自らの死を意識するかのように、作中にこうも書いている。
〈(作家の死後に)残っているのはその人たちの残した言葉でしょうかね。作家にとってすべては言葉、言葉、言葉なんです〉
自らが残した言葉、小説が読まれ続けることによって、「死に打ち勝つ」ということだろうか?
「死後、自分の小説が読まれ続けるかどうかについては、まったく興味がありません。死んでいては読まれているからといって喜ぶこともできませんから」(上原佳久)=朝日新聞2021年3月10日掲載