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「出版と権力」書評 大衆動かす雄弁 揺さぶる国家

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月20日
出版と権力 講談社と野間家の一一〇年 著者:魚住昭 出版社:講談社 ジャンル:

ISBN: 9784065129388
発売⽇: 2021/02/17
サイズ: 20cm/669p

日本の出版の草創期にも転換期にも、彼らの姿があった…。未公開資料を駆使し、近代出版150年を彩る多彩な人物群像のなかに、野間家の人びとを位置づけて描く。講談社ウェブサイト…

出版と権力 講談社と野間家の一一〇年 [著]魚住昭

 「名を摑(つか)まんか。金を摑まんか。庶幾(こいねがわ)くは両者共に摑まん」。後に講談社を創業する野間清治(せいじ)が、友人宅二階に住みこみ、自室のふすまに墨筆で書いた言葉だ。
 常に大衆を意識する清治の野心が、創業一一〇年を迎えた出版社の始まりであり、そして、現在でもある。「とにかく抜き出た偉いものになってみたい」という立身出世への欲が、豊かな出版活動を生んだ。
 講談社に眠っていた約一五〇冊の秘蔵資料を読み解きながら、戦前・戦中・戦後と、言葉を求められ、伝え、奪われ、取り戻した講談社と野間家の変遷を追う。
 一九一〇年に創刊した雑誌「雄弁」の発刊の辞で「雄弁衰えて正義衰う。雄弁は世の光りである」と述べた清治は、同時に「宣伝狂」でもあり、「金さえできたら宣伝しようぞ」と考えてもいた。「少年倶楽部」で語った「必ずしも中等学校に入らなくとも、偉くなることはできるものである」との宣言が青少年に受け、「雑誌王」として大成していく。
 清治を失った後、歴史のうねりに乗っかり続けた講談社。戦後、四代目の省一(しょういち)は、大衆という基盤を意識したまま、「忠君愛国思想からの離脱」を表明した。日本の大衆から、まなざしを世界へ広げ、「世界平和」「各国の人々の相互理解」という言葉を好んで用いた。
 講談社の歴史、ではなく、なぜ「出版と権力」なのか。とりわけ戦時下では国家は大衆に結束を迫る。言論を届ける営利企業は、その度に揺さぶられる。いや、戦時下に限らない。いつの時代も権力は、大衆がなびく先を見定めようとする。
 ひとつの世紀を超える膨大な歴史を追いかけた後で、著者は二〇一七年に出版されたベストセラーを前に「なんで講談社が?」と嘆く。タイトルに「中国人」「韓国人」とある書籍のオビには「日本人と彼らは全くの別物です!」とあった。六七〇ページもの大著の締めくくりにある苦言は、出版文化をこの先へと持ち運ぶための、重い言葉だ。 
    ◇
 うおずみ・あきら 1951年生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクション作家。著書に『野中広務 差別と権力』など。