東京都内に残る、昭和感漂う築64年の木造住宅に暮らす。去年の緊急事態宣言中、掃き出し窓に縁側を自作した。「僕にとって大事なイドコロですね」。子どもたちが寝静まってから、一人で月を眺めて過ごす。
新卒で入った会社になじめず、人間らしく暮らせる仕事(ナリワイ)を追求。野良着メーカーを営み、農家の繁忙期に収穫と販売を手伝い、モンゴルで遊牧民生活を体験するワークショップを続ける。9年前に『ナリワイをつくる』を著し、実践する中で気づいたのは、「その土台となる思考の健康を保つための環境が必要では」ということだった。
「イドコロ」とは、簡単にいえば心安らぐ「場」だが、人間関係や時間も含む広い概念だ。体の免疫になぞらえ、家族や友人、仕事を「自然系イドコロ」、マニアックな趣味、ちょっとした公共空間、くつろげる小さなお店など自ら発掘するものを「獲得系イドコロ」と分類。複数のイドコロを持つことを勧める。
社会の様々なストレスのほか、フェイクニュースや危ういお金もうけの話といった撃退すべき「病原体」は近年増えている、とみる。「数字では表現できない、自分にとって価値あるものを見つけてほしい。誰でもアクセスできるイドコロを増やすことが、暮らしやすい平和な世の中につながると思うんです」
この本の出版イベントとして先月末、自身の運営する「ブロック塀ハンマー解体協会」が、2年ぶりに活動した。アトリエへの再生を予定している神戸市の空き家に、DIYに興味のある男女が集まり、塀を人力でたたき壊した。初対面ながら立ち話が盛り上がっていたという。
「職場では聞いてもらえないような、自分の好きなことをノーストレスでしゃべれる場は貴重かもしれません」。まさにイドコロだ。(文・吉川一樹 写真・篠田英美)=朝日新聞2021年4月10日掲載