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篠たまきさん「氷室の華」インタビュー 美しき〝エログロ〟描く、幻惑のホラーミステリー

文:朝宮運河 写真:家老芳美

異界は日常と紙一重

――『氷室の華』は、篠さんがこれまでお書きになった2冊(『やみ窓』『人喰観音』)同様、土俗的な世界を扱ったものですね。

 秋田県の田舎で生まれ育ったものですから、自然にそういう話が出てきてしまうんです。よくびっくりされるんですが、カミサマと呼ばれる「口寄せ巫女さん」が普通に生活していて、知りたいことや悩みごとがあると「カミサマに話を聞きにいこう」と出かけていくような町でした。普通の仏降ろし以外にも相談としてニワトリが逃げたとか、形見分けの着物を誰にあげたらいいかとか(笑)。子供の頃から見聞きしてきたそんな風景が、自然と作品に入っているのだと思います。田舎といっても新幹線の停車駅からすぐの住宅地なんですけど、それでも平成の中頃までは、昔ながらの価値観が残っていたように記憶しています。

――生活圏のすぐそばにある異界。まさに、デビュー作『やみ窓』で描かれているとおりの世界ですね。

 あちらとこちら、ふたつの世界は紙一重なんじゃないかと思うんですよね。土俗的な価値観は山村にだけあるのではなく、都会の片隅にもきっと存在しているはずなんです。

――『氷室の華』でも白姫澤という山間の小さな村と、現代の東京が交互に描かれていきます。構想の経緯を教えていただけますか。

 第一稿の段階では、舞台は東京オンリーだったんです。出版社からの依頼が「ホラー風味のあるミステリー」だったので、魅力的な犯人が次々と人を殺害していく、という作品を構想しました。大石圭さんの『湘南人肉医』のようなテイストです。そうしたら編集さんから「もっと陰湿にしてください」というリクエストがきて(笑)、得意の〝田舎要素〟を足すことにしたんです。白姫澤のパートは後から追加して、東京のパートと入れ子になるように組み合わせました。

洞窟内部に広がる極楽浄土のイメージ

――白姫澤には洞窟を利用した「氷室」があり、代々「氷室守り」と呼ばれる一族によって管理されています。物語の鍵となる漆黒の洞のイメージは、どのように生まれたのですか。

 氷室はネットでたまたま見かけて、これだ、と思いました。低温高湿で小学生でも簡単に行き来ができる、などの条件が物語にぴったりで。執筆までに現物を見ておきたかったんですけど、コロナで取材旅行ができず、資料もあまり残っていないので中の様子は想像ですね。氷室守りなどの固有名詞も架空のものです。

――氷室の奥には、仙女の絵が飾られ、奇怪な花が咲き乱れる「極楽浄土」が広がっています。異様な光景に圧倒されました。

 一部モデルにしたのは、奥多摩にある日原鍾乳洞ですね。暗い空間に鍾乳石が並び、常に水が滴っていて、黄泉比良坂に下りたような感覚が味わえます。わたしは洞窟好きなので、人の少ない平日によく行くんですけど、洞窟の奥には観音様を祀ったスポットがあってすごく風情がある。氷室の奥の空間も、ああいうイメージですね。

――白姫澤で一夏を過ごすことになった小学生のユウジは、祖父や村人たちの手にある大きな「水かき」に魅了され、胸を妖しくときめかせます。美しい水かきをもつ人びと、というユニークな発想はどこから?

 犯罪者が執着する対象として、水かきがあった方が綺麗かと思いまして。執着している人は気づくけど、そこまで目立った身体的特徴でもない、というバランスもちょうどいいと思いました。「水かき」のうまい言い換えを探したんですが、他に言い方がないようで、作中では「掻き平」「ひらこ」という造語を使っています。

 ユウジと祖父の親密な関係は、ほんのりBL要素が入っていますね。わたしの作品は〝腐女子〟の方が読んでくださっているようで、孫と祖父が双子のように仲良しという関係も、そういう目で楽しんでもらえるのではと思います。

人間の手の美しさに惹かれて

――白姫澤は十数人が助け合って暮らすのどかな村ですが、「草の化け」の存在が信じられ、穢れに触れた男が村八分にされている、という恐ろしい面もあります。方言まじりで描かれる山村の暮らしには、不思議なリアリティがありました。

 田舎を書くときにいつもイメージするのは北東北なんです。白姫澤は生まれ育った町から、さらに山奥に入ったあたりにある集落、という感じですね。方言は東北弁をいろいろミックスして、読みやすく、雰囲気が出るように。子供の頃は祖母に連れられ、毎週お寺に行っていました。そこで昭和のおじいちゃんおばあちゃんの世間話をずっと聞かされたので、田舎暮らしのリアリティが肌に染みついているんです。

 さすがに当時、村八分はありませんでしたが、歴史的に見ると人権が尊重されるようになったのはごく最近のこと。以前は残酷なしきたりも、当たり前のように存在していた。そうした人間の負の歴史みたいなものは、裏テーマとして書いていきたいと思っています。

――大人になったユウジは、氷室で目にした光景が忘れられず、出会った女性たちを次々と殺害していく。この作品は〝手フェチ〟犯罪小説でもありますね。

 ユウジのようなことはしませんが、わたしも人間の手が好きです。長年空手をやっていて、拳で腕立て伏せするような暮らしを送っていたせいか(笑)、ほっそりした手の美しさに惹かれるんですね。ユウジは何か過去のトラウマがあって、犯罪者になったわけではありません。生まれついて世の中からずれている、理由もなく異常なものに惹かれてしまう。意識してそういうキャラクターとして描いています。

夢野久作の文体模写をした十代の思い出

――美術館で非正規職員として働く静花は、ユウジとの出会いをきっかけに、この世ならぬ世界に魅了されていく。彼岸に惹かれる女性というキャラクター造型は、『やみ窓』の柚子とも共通しています。

 言われてみればそうですね。自分ではあまり意識していませんでした。静花は美しい男性に魅入られて、あちら側に行ってしまうというキャラクター。その背景にある女性の貧困についても、違う意味の〝怖い話〟として、書いておきたいという思いがありました。

――篠さんご自身も、見えない世界に惹かれる部分はありますか。

 まったく霊感はありませんし、怪異に遭遇したこともありませんが、フィクションとしては大好きですね。祖母に連れていかれたお寺には、暗いトンネルの壁一面に地獄絵が飾ってあって、怖いなんてものじゃなかった(笑)。でも今は不思議とあの地獄に惹かれます。あの脱衣婆や鬼たちにも私生活があるのかな、と想像すると楽しくなってくる。どこか現実と地続きにあるような、所帯じみた異界が好きなんですよ。

――『氷室の華』には残酷なシーンもありますが、読んでいて不快感がありません。むしろ美しさや官能性を感じます。

 ありがとうございます。よく「あなたは何を書きたいんですか?」と聞かれるんですが、わたしが書きたいのはエログロなんですね。江戸川乱歩や夢野久作が書いていたような、〝エロ・グロ・ナンセンス〟の世界。ナンセンスは才能がないので、エログロにこだわりたいと思っています。といっても不潔にならないよう、なるべく綺麗なエログロを書きたい。映像にしたら目を覆いたくなるような場面でも、文章にしたら美しく感じられる、ということもあると思うんです。目指しているのは、清潔感のあるエログロです。

――それを支えているのは、端正な文体だと思います。文章表現ではどんな作家に影響を受けましたか。

 夢野久作ですね。十代の頃は文体を一生懸命真似して、手紙や日記を書いていました。もらった人はいい迷惑だったでしょうけど……(笑)。「あやかしの鼓」「瓶詰の地獄」「少女地獄」あたりが特に好きです。それと仕事で長年ライターをしてきたので、読みやすく書くということが癖になっているんですね。実用書の世界では漢字が3文字続いたらNG、ということもありますから。クライアントに求められる分かりやすい文章と、夢野久作の世界が入り混じってできたのが、わたしの文章なのかもしれません。

怖さと美しさは重なり合うもの

――異界との交流を描いた怪談小説『やみ窓』、SF的発想で書かれたグロテスク幻想譚『人喰観音』、そしてミステリー色をより強めた『氷室の華』と、一作ごとに新しいチャレンジをされていますが、今後の展望は。

 『氷室の華』には手応えを感じているので、ホラーミステリー路線は続けて書いていきたいと思っています。オーダーをいただければミステリーもSFも書きますが、エログロやホラー色はどうしても入ってくるでしょうね。題材としては大都市の中に発生するムラ社会を書いてみたい。昭和初期から中期くらいを舞台にした、レトロな怪奇幻想小説、それこそ江戸川乱歩のような世界も、いつか書けたらいいなと思っています。

――それは読んでみたいですね。では新作『氷室の華』について、あらためて一言お願いします。

 自分では「謎めいていて、恐ろしい話」だと思っています。恐ろしいといっても縮み上がるような怖さではなく、うっとりするような怖さ、馥郁とした恐怖を描いたつもりです。怖いという感覚と美しいという感覚は、ある部分で重なり合っているんじゃないでしょうか。この言葉に共感してくださる方、幻想的なホラーやミステリーが好きな方には楽しんでいただけると思うので、ぜひお目通しください。