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泊まれば二度と帰れない? 宿が舞台の新刊ホラー3作

西部劇+ホラーの融合

 今月の怪奇幻想時評は、待ちに待ったこの本から。『死人街道』(植草昌実訳、新紀元社)はアメリカの実力派作家ジョー・R・ランズデールが贈る〝ウィアード・ウエスト〟(Weird West)もの短編集である。

 主人公ジェビダイア・メーサーは、荒野を旅する無頼の牧師。旅先で遭遇する魑魅魍魎を、鮮やかなガンさばきで地獄に送り返していく。西部劇とホラーを融合させた〝ウィアード・ウエスト〟と呼ばれるジャンルは、わが国ではまだほとんど知られていないが、アメリカ本国では根強い人気があるらしい。本書はその世界観を初めて紹介した作品集として見逃せない一冊だ。

 ゾンビの群れが西部の町を襲う「死屍の町」、呪われた街道での死闘を描いた表題作、孤立した一軒家におぞましい怪物がやってくる「凶兆の空」など、バラエティに富んだ5編を収録。いずれも西部劇らしい舞台設定ときびきびした筋運び、濃厚な怪奇趣味がマッチしており文句なしに面白い。神に毒づきながら悪と闘うメーサー牧師のキャラクターも魅力的で、娯楽小説の王道をたっぷりと堪能できる。メーサーが巨漢の女性フラワーと地底の魔物を退治する「人喰い坑道」は、ドラマ化された著者の代表作「ハップ&レナード」シリーズを彷彿させる風変わりなバディものだ。

 西部劇ファンでホラー愛好家でもある私にとって〝ウィアード・ウエスト〟は、好きなものが詰まった夢のようなジャンルである。しかもそれが名手ランズデールによって書かれているのだからたまらない。手に汗握る物語を追いかけながら、開拓時代にまでさかのぼるアメリカン・ホラーの伝統に思いを馳せた。

 なお同書に収められた「亡霊ホテル」は、毛むくじゃらの怪物とのホテルでの攻防戦を描いた物語。『死人街道』でも随一の怖さを誇るこの作品にちなみ、今月の時評では宿での怪異を描いた新刊をさらに紹介しよう。

ラヴクラフト代表作をコミカライズ

 田辺剛『インスマスの影 ラヴクラフト傑作集』1・2巻(KADOKAWA)は、怪奇小説の巨匠H・P・ラヴクラフトの代表作のコミカライズ。『狂気の山脈にて』『クトゥルフの呼び声』などラヴクラフトの〈クトゥルフ神話〉作品を相次いでビジュアル化し、世界的にも高く評価されているマンガ家の最新作である。

 1927年、ニューイングランド地方を旅する若者が偶然足を踏み入れた古い港町インスマス。異様な風貌の住人たちが徘徊するその町には、ある秘密があった。老人の口から語られるインスマスの呪われた過去が、前半のひとつの見せ場だろう。原作では比較的淡々と描かれているこのシーンが、コミック版では臨場感たっぷりに再現されており、息を呑む。町に伝わる〝王冠〟のビジュアルも、想像していた以上に禍々しく、田辺剛の画力とイマジネーションにあらためて圧倒された。

 物語のクライマックスはホテルからの逃走劇。怪物たちに包囲された客室から、主人公は逃げ切ることができるのか。

遠藤周作・恩田陸・小川洋子らの11編

 私が編者を務めた『宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作選』(ちくま文庫)は、ホテルや旅館を舞台にしたホラーを収録したテーマアンソロジー。遠藤周作が自らの幽霊目撃談を綴った名品「三つの幽霊」や、夜のホテルの廊下が喚起する恐怖のイメージを作品化した恩田陸「深夜の食欲」、海沿いのリゾートホテルでの奇妙な出会いと別れを描いた小川洋子「トマトと満月」など全11編。昨年刊行した〝家〟がテーマの『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』と読み比べることで、ホラー小説の幅広さと奥深さをあらためて感じていただけるだろう。

 海外はおろか近場への旅行も難しい昨今、さまざまな宿泊施設が登場するこのアンソロジーで、しばし旅行気分を味わっていただけると幸いだ。(文:朝宮運河)