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「チャイニーズ・タイプライター」書評 四千年の誇りをかけた歴史絵図

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月17日
チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史 著者:トーマス・S.マラニー 出版社:中央公論新社 ジャンル:産業

ISBN: 9784120054372
発売⽇: 2021/05/20
サイズ: 21cm/390p

「チャイニーズ・タイプライター」 [著]トーマス・S・マラニー

 世界中のどこにも負けないほど、中国人はタイプライターに憧れを抱いた。「事務用品としてのみならず、近代の象徴として」。しかし、アルファベットを基礎とする西洋発の技術で、漢字のタイプライターを作ろうとすると「問題」が生じる。文字数の多い漢字の文字体系は普遍性を欠き、「おぞましいもの」だとさえ見なされたのだ。
 「四〇〇〇年に及ぶ優れた古典や文学、歴史を投げ捨てるほどの優越性が、単なるタイプライターごときにはない」。なんとしても中国独自の中国語タイプライターを作ろうと、常用漢字に絞ったり、漢字を分割して組み合わせたり、漢字を数字やアルファベットのコードで仲介して伝送するなど、あらゆる方法が試された。
 本書にはいくつもの側面において感嘆させられた。まずは、10年以上かけて20カ国で資料を収集して行った精緻(せいち)な実証研究に対して。さらに、歴史記述を「論争的」なものとして、批判的省察を果敢に行う筆者の姿勢にも。マニアックな研究だが、ユーモアにあふれるエピソードが豊富で、挿入されている珍しい図版が読者をタイムマシンに乗せて歴史の旅に誘う。
 中国の人々が主体性を模索する執念にもうならされた。中国の言語的近代にとって、問いは「漢字は生きるべきか、死ぬべきか?」ではなく、「生きるべし、しかしいかにして?」。満洲(まんしゅう)国成立後は、日本語タイプライターと日本製中国語タイプライターが勢力を拡大する。日本語タイプライターを微修正した中国製も現れ、日本人との「結託」も告発された。
 だが、留学や各国の専門家との交流で技術を磨き、資金や事業の協力が国を越えて進むことも明白だ。頑強なプライドが文化の発展を妨げるという側面も、タイプライターの歴史に見え隠れする。本書が織りなす歴史絵図は、今日の中国や中国人を見る上でも非常に示唆的だ。
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Thomas S.Mullaney 米スタンフォード大教授(中国史)。本書でアメリカ歴史学会の賞を受賞。