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「納豆の食文化誌」書評 多様な味わいを求め 粘り強く

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月14日
納豆の食文化誌 著者:横山 智 出版社:農山漁村文化協会 ジャンル:食・料理

ISBN: 9784540181177
発売⽇: 2021/06/23
サイズ: 19cm/301p

「納豆の食文化誌」 [著]横山智

 ノーナットー、ノーライフ。混ぜれば混ぜるほど糸が出る粘り、香気と臭気のはざまにある香りのダイナミズム。あれがなければ一日は始まらない。私の体はきっと納豆からできている。
 本書は、私が勝手に納豆教の聖書だと思っている『納豆の起源』の続編である。納豆に信仰告白した者に、これを読まないという選択肢は存在しない。
 著者の専門は地理学。納豆あるところ、どこでも歩いて、嗅いで、食べる。「粘り」ある調査ぶりも本書の著者の魅力だ。
 今回も驚くのは、納豆文化の多様さである。実は、日本のようにおかずとして食べる地域は珍しい。チベットからミャンマー、タイ、ラオスの北部を経て中国南部まで連なる地帯は、納豆を調味料として用いるところが多いのだ。
 醬油(しょうゆ)や味噌(みそ)文化圏と、ナンプラーなどの魚醬(ぎょしょう)文化圏のはざまにあるこの地域では、ゆでた豆を枯草菌で発酵させて納豆を作り、発酵がこれ以上進まないように工夫して保存する。せんべい状にして乾燥させ、出汁(だし)に使うこともあるという。ネパールやブータンではカレーに入れて食べる。稲わらを用いた日本と違い、イチジクやパンノキの葉で発酵させる地域もある。シダで発酵させると風味豊かな納豆ができるという。うまそうに食べる描写に「ずるいぞ」と叫びたくなる。
 日本の納豆史も追う。京都の大徳寺納豆は枯草菌ではなくコウジカビで発酵させる。山形には「雪割納豆」という、米麴(こめこうじ)で追加発酵させる納豆もある。複雑な工程を守る職人たちや、採算度外視で挑戦した企業人の気概に胸を打たれた。東北には納豆汁の文化もある。日本列島もまた多様な納豆文化を持っているのだ。
 無農薬栽培の農家から稲わらを取り寄せ、稲わら納豆を生産する業者も出てきている。こうした納豆文化の豊饒(ほうじょう)さは、人類の壮大なうまみ探求史の痕跡とも言えよう。
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よこやま・さとし 1966年生まれ。名古屋大大学院教授(文化地理学)。著書に『納豆の起源』。