猫との暮らしに必要な覚悟
――今回の本の元になった私家版『これから猫を飼う人に伝えたい10のこと』は、保護猫施設の東京キャットガーディアンで開催した「これから猫を飼う人に伝えたい10のこと展」(2015~16年)の冊子として発行されたんですよね。
東京キャットガーディアンさんから、「開放型シェルターに広い壁があるから、その壁を使って何かやりませんか」と言われたんです。どうしようかなあと悩んでいたら、友人が、僕がnoteに書いた「これから猫を飼う人に伝えたい10のこと」という記事を展示にすればいいんじゃないの?と言ってくれて。テーマごとにリライトして、短歌をつければ、そういうのもありかと。ずっとファンだったイラストレーターの小泉さよさんに声をかけて、2人でやったのが「これから猫を飼う人に伝えたい10のこと展」。それを冊子にしたのが『これから猫を飼う人に伝えたい10のこと』です。
初版は500部で、展示終了時にキャットガーディアンさんが残部を全部買い上げてくれました。自分で作ったものが売れていくことがとても新鮮で。だったら、と増刷して、猫の本に特化している本屋さんや、冊子の趣旨に合いそうな本屋さんに持ち込んでみたんです。東京でいうと神保町にゃんこ堂さん、西荻窪のウレシカさん、世田谷のキャッツミャウブックスさん、谷中のひるねこBOOKSさん、そして福岡の書肆吾輩堂さん……。結局、5年間で延べ4刷2000部を作って、全部出て行きました。
――『これから猫を飼う人に伝えたい10のこと』は、「二十年」「名前」「期待」「いたずら」「多頭飼い」「室内飼い」「魅力」「保護猫」「心がけ」「別れ」のテーマで、猫との暮らしを綴っています。
猫のことを書くときって、「猫との暮らしの楽しさを知ってもらって、どんどん飼ってもらいたい」という気持ちと「そうは言っても安易に飼い始めると人も猫も幸せにならない」という気持ちがいつもせめぎ合っていて。そのバランスが大事だと感じます。猫との暮らしは、もちろん楽しいけれど、相応の覚悟がいる。だから猫の一生である最初の「二十年」と最後の「別れ」は、すぐに決まりました。その他の項目は、猫との暮らしで気をつけたいこと、楽しいこと、気づいたことなどをシーンごとに切り取ってタイトルに落とし込みました。書籍化するときにはさらに、言葉のイメージやわかりやすさを考慮して、一部修正しています。
――書籍化にあたり、なぜ「10のこと」から「11のこと」にしたのでしょうか? 新しく「去勢・避妊」という項目が足されています。
猫なのにねずみ算式に増えるので増えないように僕たちがする
『10のこと』は保護猫施設用の冊子だったので、去勢・避妊をした上で譲渡するっていうのが前提だったんです。だけど、増刷をして他の店で売りはじめたら、そもそも前提となる一番大事なことが書けてないんじゃないの?と気になりはじめたんです。商業出版本になる、作り直せるんだったら、「去勢・避妊」は絶対入れなきゃダメだなぁって思って。項目をひとつ加えて、「11のこと」にしました。その意味でいうと、「保護猫」という項目も加えるべきだったかも、と思ったけど、時すでに遅しだったので、保護猫に関してはまえがきで触れることにしました。
いま、我が家には5匹の猫がいて、これまでにも何匹も猫と関わってきたけど、歴代の我が家の猫は、みんな自分で保護した猫なんです。庭に迷い込んできたり、ゴミ収集場に捨てられていたり、母猫に育児放棄されて前の畑で鳴いていたり。そういう猫たちを保護して、去勢・避妊手術して、里親さんを探したり、我が家に迎えたり、リターンして地域猫として面倒を見たり。状況によっていろいろだけど、猫が増えすぎないようにするのは、人間の役目だと思います。
猫を捨てる人、保護する人
――仁尾さんは「猫歌人」として活動していて、過去には保護猫の短歌を書いています。
「保護猫」の「保護」と書くとき人間の自作自演を感じて揺れる
保護猫って、つまり飼い主がいなくて保護される必要があった猫ってことでしょう? 保護されるような状況になったいきさつって、飼育放棄だったり、多頭崩壊やブリーダー崩壊だったりして、もとを正せばだいたい人間が原因っぽい。ちょっと俯瞰した目で見ると、一方では人間が保護しなきゃならない状況の猫を生み出して、もう一方では、人間が保護して飼い主を探す、みたいな構造になっていて。「なにやってんだよ、人間!」って思っちゃう。挙げ句、飼い主がいないから、と殺処分されてしまう猫が現実にいる。そんなのおろかすぎるし、悲しすぎる。だから、せめて新しく猫を家に迎えたい、と思ったときには、いろいろな事情や状況はあるでしょうが、まず保護猫を考えてほしいな、と思ってます。
――仁尾さんの猫短歌は、猫そのものを書くというよりも、「飼っている人間が見た猫」を書かれていますね。
入ってた袋のほうでじゃれる猫 僕の選んだおもちゃをよそに
猫は可愛いんですよ。そしてみんなが「うちの猫は特に」って思ってる。要するに飼い猫のことを書くのって、全部がのろけなんです。どんなに言い換えてもそれはのろけでしかない。だからまずは「うちの猫」を描くふりをしながら「猫」のことを描かないと作品になりづらい。「猫あるあるですね」ってよく評されるんだけど、それでいいと思ってるんですよね。
さらに、猫が可愛いことはみんなわかっていることだから、猫が可愛いって言っても「知っとるわ!」って言われるだけなんです。じゃあ僕はなにをすればいいかっていうと「猫を通して僕を見せるんだ」「猫を通して人を見せるんだ」って思っていて。可愛いって一つの概念だから、それを他の人と同じようにやっても面白くならない。だから、その奥にある、人だとか、家庭だとか、バックボーンにあるものが猫を通して見えることが、面白いんだと思ってる。自分が介在していない猫の短歌って絶対面白くない。「猫が可愛い」だけの作品は「猫が猫だ」って言ってるのと同じで、つまりは何も言ってないな、と感じるんです。
ペットロスから立ち直る一首
――『11のこと』で読者の反応が一番多かったのが、猫との別れについて書いた一首だそうですね。
幸せは前借りでありその猫を看取ってやっと返済できる
私家版から唯一全面的にリライトしたのが、この「別れ」の項目で。短歌もエッセイも全部手を入れました。それは、私家版を作った5年前から単行本刊行までの間に何匹も猫を看取って、「別れ」に対する実感が変わったから。もっと言えば「こんなにつらくてしんどい状態の自分を、どうすれば楽にできるだろう」と自分が救われるために、考えて、考えて、たどり着いたことが書かれてる。だから、反応が多いのは「それは、そうなるよな」って思う。同じ体験をした人には特に、届く短歌、エッセイになっている気がします。
さらに言うと、この短歌みたいな考え方って、ちょっと大げさだけど、ペットロスからの立ち直りにも寄与するのではと思ってて。それは猫を最期まで面倒見て、ちゃんと看取ってくれる、猫にとっては理想の人が、また猫を飼おうと思えるようになること。だから、回り回って猫の幸せな居場所が1つ増えることだと思っています。
――どんな方に『11のこと』を読んで欲しいですか? ネット上には、「これから猫を飼う人」だけではなく「いま飼っている人」「飼ったことがある人」の感想もたくさんありますね。
『11のこと』は「これから猫を飼う人」に伝えるふりをした猫あるあるの本でもあり、ミニ短歌集でもあり、小泉さよさんの水彩画を楽しむ画集でもあるので、幅広い層に長く楽しんでもらえるのでは、と思っています。それから、小学校高学年から読めるようにふりがなを振っています。お子さんにもあまり説教臭くない形で「生き物との暮らしってこんな感じ」っていうのが伝わればいいなと、学校図書館関係者の方に献本させていただくキャンペーンもやっています。この本を読んだお子さんが将来、猫を飼ってくれたりしたら、それだけでこの本を作ったかいがあるな、最高だなって思います。