「他者の靴を履く」書評 助け合いに必要な理解力を養う
ISBN: 9784163913926
発売⽇: 2021/06/25
サイズ: 20cm/302p
「他者の靴を履く」 [著]ブレイディみかこ
英国在住の著者の息子は中学1年の時、試験でこんな問いをされた。「エンパシーとは何か」。同じ著者による『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)に登場するこのエピソードに多くの反響が寄せられ、生まれたのがこの本だという。
エンパシーとは「他者の感情や経験などを理解する能力」のこと。これに対してシンパシーは「誰かをかわいそうだと思う感情や友情」といった意味だ。前者は、意見が違い、感情が伴わない相手であっても、その立場に立って考えられる「能力」を指すが、後者は自然とわき出る感情だ。
著者は、エンパシーという言葉とその変遷を、心理学、神経科学、哲学、社会学などから読み解き、必ずしもプラスの作用ばかりではないことも指摘する。
シンパシーとエンパシーの差を示す例がサッチャー元英首相だ。優しく思いやりがあった一方で、衰退した地方の製造業者に厳しく自助を求める経済政策を進め、それに付いて来られない人は理解できなかった。秘書は「シンパシーはあったが、エンパシーはなかった」と証言したという。
なぜ日本の読者はエンパシーという言葉に反応したのだろうか。同調圧力、自粛警察、優生思想――社会で話題になる問題のありように、そして政治家の言動に、エンパシーの欠如を感じるからではないか。
だが、それがエンパシーのなさなら希望もある。エンパシーは訓練で身につけられるからだ。英国では幼い頃から人の表情を読み取らせたり、演劇を採り入れたりしているという。
著者はコロナ禍の英国社会に広がったエンパシーによる助け合いに、国家からの自立と相互扶助をうたうアナキズムの精神を見いだす。そしてアナキズムとエンパシーはたがいに補完し合うものだと説く。
他者を理解するには地道な努力がいる。だがそれは自分が生きやすい社会を作ることだと気付かされる。
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Mikako Brady 1965年生まれ。英国在住。著書に『ブロークン・ブリテンに聞け』『女たちのテロル』など。