澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』 細谷正充編 谷津矢車ほか著 PHP文芸文庫 990円
- 『智(ち)に働けば 石田三成像に迫る十の短編』 山田裕樹編 中島らもほか著 集英社文庫 858円
- 『朝日文庫時代小説アンソロジー 吉原饗宴(きょうえん)』 菊池仁(めぐみ)編 有馬美季子ほか著 朝日時代小説文庫 880円
最近、文庫アンソロジーが熱い。ホラー、ミステリ、はたまた名前に同じ漢字が入る作家、多彩なテーマに基づく歴史時代小説とセレクト方法も多様だ。
(1)次期大河ドラマの舞台たる鎌倉初期を、収録作品七編中四編が書き下ろしという贅沢(ぜいたく)な構成で描くアンソロジー。己を水草の如(ごと)しと卑下する北条義時を主人公に、鎌倉幕府の成立からその後の武家政権史にまで悠然と筆を及ばせた「水草の言い条」。親孝行の代名詞とされたかつてとは裏腹に、戦後日本で急速に忘却された曽我十郎・五郎兄弟の仇討(あだう)ちを、武家社会の厳しさを捉え続けた滝口康彦ならではの冷徹さで描いた「曽我兄弟」など、いずれも読みごたえたっぷりだ。
(2)戦国時代屈指の知名度を有しながら、なかなか主役を張る折が乏しい石田三成が主題。剣豪小説の名手と知られる五味康祐が半世紀前に記した「仙術『女を悦(よろこ)ばす法』」、初出はツイッターという「美しい誤解」など、読み進めると日本人の抱く三成像の変容も学べる点が興味深い。収録作品を探す編者の苦悩にも触れられる編者解説も必読。
(3)漫画に映画、アニメなど今なお様々な分野に登場する吉原遊郭を描いた一冊。苦界であると同時に、数々の文化を生み出す揺籃(ようらん)、そして独自の風俗が花開いた異郷たる吉原遊郭を、女たちの生や死、はたまた邂逅(かいこう)と別離を通じて描いた六作は、まさに本書のタイトル通りの華やかさ。山田風太郎の軽妙洒脱(しゃだつ)なる一篇(ぺん)を巻末に配する編者のセレクトが実に憎い。=朝日新聞2021年9月11日掲載