- 『崩壊概論』 E・M・シオラン著 有田忠郎訳 ちくま学芸文庫 1540円
- 『近現代俳句』 小澤實選 河出文庫 880円
- 『信仰』 村田沙耶香著 文春文庫 715円
人間の思考は、矛盾している。いや、矛盾した思考こそが、人間を人間たらしめているのである。文学の役割とは、なにかを解き明かし、詳(つまび)らかにするのみではなく、矛盾した思考を為(な)す人間という生き物の有り様を、矛盾のまま提示することにもある。
(1)は、人間の為すあらゆるものへ懐疑を抱き、ひたすらに問いを重ねてゆく。ここには、ある種の狂気を孕(はら)んだ、思考による懲罰とでも言えるような、人間へのあくなき挑戦と挑発がある。すべてを自明のものとして思考を放棄しうる現代社会に生きる私たちが、なお思考を手放さないでいるのは、何故(なぜ)なのか。人間は何故書き残すのか。
(2)は、近現代の俳句を一望しうる好著。意味の屈折を伴う、凝縮された詩句を用いる短詩型文学は、元来、人間の営為というものが、生を享(う)けてから卒(お)えるまで、日常という川に揺蕩(たゆた)いながら、ゆるやかに河口へ流されてゆくことを教えてくれる。さみしさ、うれしさ、かなしさ、いとおしさ。頁(ページ)を捲(めく)るたびに、なんと人間は、懊悩(おうのう)し、弱々しく、さりながら凜々(りり)しい生き物かを知る。読後に覚えた感情を慈しみ、携えていたい一冊である。
(3)は、気鋭の小説家による作品集。表題作の「信仰」は、非日常の閉鎖的空間をテーマに据えながらも、非日常は、日常と弁別しうるものではなく、陸続きにあるということから、決して眼(め)を離さない。著者のユーモラスかつ洞察力に優れた筆致は、日常に潜む、人間の矛盾した思考が為すものを読者に提示する。(詩人)=朝日新聞2025年6月28日掲載
