ISBN: 9784620326900
発売⽇: 2021/07/27
サイズ: 19cm/286p
「この国のかたちを見つめ直す」 [著]加藤陽子
政治を変革させ得る時期が来た。政治に限らず、単なる印象に過ぎない意見が知らぬ間に定着しがちな今こそ、正確な事実に基づいた客観的検証が不可欠だ。
本書は、著者が過去10年間にわたり、毎日新聞に連載したエッセーやコラムを中心にまとめたもの。
国家に問う、震災の教訓、「公共の守護者」としての天皇像、戦争の記憶、世界の中の日本、歴史の本棚。全6章にちりばめられた透徹した論考の数々は、そのつど本を閉じ考えさせられるほど示唆に富んでいる。
歴史学は「歴史の闇に埋没した『作者の問い』を発掘すること」との引用には、なるほどと思わされた。
事実の積み重ねであるはずの歴史が、当事者を「作者」とする都合の良い物語に改変されてはならない。
著者が繰り返し重要性を強調する正確な議事録や公文書は、過去の事実の理解にとどまらず、より良い未来の選択のために不可欠な判断材料となるのだ。
新型コロナ対策において専門家集団と国民をつなぐ政治家、学術会議問題における官邸の意図、東日本大震災の対応と原発事故の検証、憲法第9条の意義と米中対立のなかでの安全保障観の変容、国民の総意に立脚した天皇の地位、桜を見る会・森友学園問題にみる公文書の不開示や改ざんの結果としての「公」の破壊。
これらすべてにおいて、「作者の問い」の発掘をめざす歴史学者の矜持(きょうじ)が、行間に満ち溢(あふ)れている。
東日本大震災時の政府の記録の扱いに関連する2012年の論考において、著者は「『だまされていた』と言って平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」という伊丹万作の言葉を紹介している。敗戦後の状況を述べたこの指摘は、まるで現在進行形の諸問題に向けた発言そのものだ。
深い学識に裏付けられた冷静かつ清々(すがすが)しい筆致。このような学者を遠ざけたいと思う「作者」が存在する理由が納得できた。
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かとう・ようこ 1960年生まれ。東京大教授(日本近現代史)。著書に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』など。