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坂口恭平さん「土になる」インタビュー 枯れてもまた命は芽吹く

坂口恭平さん

 パンデミックの影響が出始めた2020年の春、突然思い立って、畑を借りることにした。「スーパーで野菜を買うのが不自然な気がした」から。自宅のある熊本市内の農園に通い、土に触れる日々。本書は、そこから紡がれた思索の記録だ。

 虫に食われて瀕死(ひんし)状態に見えたメロンから、また新芽が出てくる。そんなささいなことに心が動く。夕方の水やりは〈土のことを考えて、お互い時間を合わせたような感覚〉。だから苦手だった西日も苦手じゃなくなった。「人生で初めて、世界と自分が完全に一つになった気がした」。09年に診断を受けて以来、数カ月単位で繰り返してきた躁鬱(そううつ)の波が、気がつけば1年半近く収まっていた。

 路上生活者の住居を写真集にまとめた『0円ハウス』でデビュー。自身の病にまつわるエッセーや小説、最近は画集や料理本まで、多くの著作を世に送り出してきた。書くことは「治療の一環」で、出版するかどうかも決めず毎日書く。

 本書は、いつになく視界の開けた文章が新鮮だ。土という〈ちょっとやそっとのミスくらいでびくともしない、しなやかさと頑丈さを同時に持つ、豊かな場所〉。こんな一文もこれまでなかった新境地に思える。

 「実は、インタビューを受けているこの時点で、書いたことに対して現実感がどこにもないんですよ」と数週間前から感じているという心の不調を明かす。「僕の場合、その両極しかないんですね。でもその都度、作品には定着してる」。その振り子を動力にして、文字どおり「生き延びる」ために表現してきた。

 畑に向かう途中の自然に触発されて、風景画にも目覚めた。このほど出たパステル画集『Water』(左右社)には、自宅近くの自然や、畑にやってくる野良猫の姿が収まっている。(文・板垣麻衣子 写真は文芸春秋提供)=朝日新聞2021年11月6日掲載