遊び感覚で小説を書いていた、今からすると黒歴史かも(笑)
――元々ボカロPだったカンザキさんが初めて書いた小説は、2019年に発売したファースト・アルバム「白紙」の特典の詩小説「遺品」ですね。小説を書くことはもともと好きだったのですか?
昔、学校に行っていない時期があって、そんな時に小説投稿サイトに掲載されている作品をよく読んでいました。それこそ一日がまるまる潰れるくらいずっと。自分も遊び感覚で小説を書いていましたけど、今からすると黒歴史かもしれません(笑)。
――「遺品」の次に書いたのが、デビュー作で11万部を突破した『あの夏が飽和する。』(以下、『あの夏』)になります。新刊の『親愛なるあなたへ』同様、青春サスペンスというふれこみでした。
『あの夏』はもともと「獣」というタイトルで、僕が所属しているクリエイティブレーベル「神椿スタジオ」から出してもらったものです。その後、編集者さんからご連絡を頂いて、本になることが決まって。この小説に書き連ねた言葉が、読者の心のスイッチを押すひとつの判断材料になればいいなと思いながら書きました。
――『あの夏』はネット上での反響も大きかったのでは?
そうですね。発売した当時はSNSで読者の感想をチェックするなどネットを探していました。「心に響いた」とか「まわりに相談する勇気を持てました」という感想をもらってうれしく思いました。「獣」はもともと上下巻合わせて700ページ近い大作で、2カ月半くらいかけて書いたものを『あの夏』に大幅に改稿したのですが、創作に向き合った時間が音楽より長くて、反響の大きさにはそのぶん喜びもひとしおでしたね。
――新刊『親愛なるあなたへ』(以下、『親愛』)は、「爆弾」と「不器用な男」という関連動画が既にYouTubeにアップされています。前者は今アップされている初音ミクが歌ったヴァージョンとは別に、11月19日にセルフ・ヴォーカルのMVが公開されるとお聞きしました。小説と曲はどちらを先に作るのですか?
曲が先で、後から小説に発展させていった感じです。『親愛』は作中にも出てくる「爆弾」という曲に思い入れが強くあって、これを小説にしてみたいと思いました。
――『親愛』の初回限定カバーには、限定スピンオフ小説が付くそうですね。
『親愛』一冊でもちろん物語は完結するんですが、スピンオフはそこで描かなかった短いエピソードで小説を補完するような内容になっています。
――カンザキさんの活動は、自作曲のMVと小説がリンクしているというか、響き合っているのが面白いですね。あまりいないタイプの活動かと思いますが。
ああ、響き合う、という言葉はそうですね。嬉しいです。
自分が高校生の頃に憧れ、妄想していた関係性を描きたかった
――今回、小説のプロットはどの程度書いたのでしょうか?
まずプロットを書いて人物や話の設定を決めました。キャラクターは、小説家でもある春樹と、音楽の道を志す雪の2人を主人公にすることは初めから決めていました。そこから編集者さんやマネジャーさんに力を貸して頂いて、細かい部分を詰めていきました。作中のハイライトになるある重要な場面では、4時間くらい話し合ったりしましたね。
――『あの夏』は設定もヘヴィでしたが、今回はもう少しライトな印象を受けました。何か意識したことはありますか?
『あの夏』と比べて、今回は情景描写をどう表現するかをこだわりましたね。春樹と穂花という人物の出会いや、図書室でふたりが同じ本を読む場面や、ある人物の告白のシーンなどが特に力を入れたところです。
――『親愛』に託したテーマは?
好きなものを素直に好きだと言っていい、ということですね。ただ、それをどう結論づけるかは読者の方それぞれでいいと思っています。春樹も雪も人や作品を好きだという気持ちに戸惑いがあって、なかなか素直になれない。でもそれが徐々に変わっていくんです。
――雪、小夜、御幸という軽音部でバンドを組んでいる女子高校生3人のじゃれあいが印象的でした。これも作品をライトにしている大きな要因だと思います。特に急に話口調が変わるところが面白くて。
あの3人の関係性は最初から決めていました。自分の高校生の頃を思い返しながら「こんな関係があったら良かったな」という想像……、というか妄想をして書きましたね。憧れに近いような感じかもしれない。私も高校生の頃にバンドをやっていて、文化祭で演奏したりしましたし、いちおう友達もいたんですけど(笑)。自分が学生時代に体感できなかったような関係を描きたいとは思っていました。
――台詞で「書きたい書きたい書きたい書きたい」など、同じ言葉を繰り返したり、「!」マークを多用するのは、特別な理由がありますか?
歌詞と違って制限なくどれだけ書いてもいいぶん、小説では同じ言葉を何度も繰り返して書いてしまうのかもしれません。校閲の方にも指摘を頂いたのですが、自分の文章の癖みたいなものかもしれない。なんでしょうね……、思いがたかぶって、言いたいことがあふれているのかもしれません。
迎合するのではなく、自分が楽しいと思えるものをやっていきたい
――ボカロP、ミュージシャン、アーティスト、小説家など、カンザキさんには色々な肩書があてはまると思いますけど、自分ではどれがしっくりきますか?
うーん……、ボカロPですかね。やっぱりそこから活動が始まったというのもありますし、ボカロが好きという思いもあります。でも肩書は「カンザキイオリ」でいいんじゃないかとも思います。逆に色々な肩書で呼んで頂けるのが嬉しかったりしますし。
――今年7月に初めてライヴをし、配信もされましたが、直接ファンの目の前で歌うのはどのような気分でしたか?
すごく興奮しました。ライヴではどれだけ怒りを歌っても、愛を歌っても、誰にも怒られないじゃないですか(笑)。特別で、幸せな時間でした。たくさんの方に見て頂けて嬉しかったですね。
――小説はこれからも書いていきたいと考えていますか?
ひねくれているので、書いてくださいと言われたらやらないかもしれません(笑)。でも、誰よりも自分がこういうものを読みたいから書く、というのは変わらないかなと。今後は成熟していくというよりは、その時々でやりたいと思ったことをきちんとやりたいです。ファンの方に喜んで頂けるのはもちろん嬉しいですが、決して迎合するのではなくて、自分が楽しいと思えるものをやって、その姿をみなさんに見て頂けたらと思っています。