日本人の「我慢」は美徳か
――執筆動機について、改めて伺えますか。
私が経営する会社は、日本にまだ紹介されていない海外のトレンドやライフスタイルの情報を収集し、それをヒントに国内企業の新商品や新規事業開発サポート、逆に日本企業が海外進出する際の現地での事業戦略のサポートなどをしています。そのため、月に1、2回は海外に出張する機会があったのですが、コロナ禍で国外への渡航は難しくなりました。そうした中で、自分自身はこの困難にどのように対峙するかを考えたんです。
コロナ禍は日本のみならず、全世界共通の課題ですから、まずは海外各国の事例を参照し、ただ苦境が過ぎ去るのを待つのではない、コロナ禍への対応や打開策のヒントを得ようと思いました。
そうして、2020年の3月から12月までの10カ月間で、15カ国200事例以上の世界の動向を調査しました。その結果、さまざまな国でコロナ禍に柔軟に対応した、またコロナ禍が過ぎ去ったあとも残るような興味深い事例、ひいては社会変革の動きが見受けられたのです。「これは日本にも応用できる」と感じたものも多く、そうした事例をまとめて本にすることで、多くの方にアフターコロナの新ビジネスやライフスタイルのヒントを得ていただければと思いました。
――「ここはビジネスチャンス!」として、日本ではどのように応用できるかのヒントも紹介されています。
企業の方に、コロナ禍への対応の海外事例についてお話をする際に、一番多かった質問が「では、日本ではどうすればいいのでしょうか」でした。「あとはそちらで考えてください」ではなく、具体的なアプローチを提示することで、新しいビジネスを生まれやすくすることが本書の狙いでもあります。
今回、原田曜平さんとタッグを組んだことは、そうした狙いの上で非常にプラスになりました。原田さんは「若者研究」の第一人者で、私とは10年ほど前から海外の「ミレニアム世代・Z世代」の研究を共同で行っています。
若い世代は、新しい考え方を取り入れ、行動できるような柔軟性を持っています。実際、歴史を見ても、常に変化の先頭に立ってきたのは若い世代です。各国の若い世代がこの状況下で何を考え、どのように過ごしてきたかという分析を加えることで、今後のビジネスの可能性がよりくっきりと見えてくると思いました。同時に、若い世代をお手本にすることで、多くの日本人が苦手な「ピンチをチャンスに変える」思考のコツを得てほしいとも思ったのです。
――日本人の特徴を「我慢」という言葉で説明されていますが、確かに肌感覚でも、日本人には「ピンチをチャンスに変える」という思考は乏しいように感じられます。
日本人は非常事態においては、自ら行動を起こすことなく、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ傾向が見受けられます。それは美徳のようにも思われがちですが、海外の事例に目を向けると、我慢もありつつ、何かしらのアイデアを生み出しながら乗り越えていくのがむしろ当たり前になっている。私たち日本人は、単なる待ちの姿勢から脱却し、クリエイティブな感覚を身に着けることが必要だと思います。
また、我慢するだけでは、今後の社会を生き延びる上でもプラスにはなりません。コロナ禍が過ぎ去ったのちに、旧来通りの働き方やライフスタイルがまた戻ってくるかと言えば、それは違うでしょう。会議のあり方ひとつをとっても、Zoomの普及によってオンライン化が一層進むことが見込まれますし、社会のさまざまな変化に合わせて、私たちは価値観を更新していく必要があるはずです。
――たとえば、本書で紹介されたZoom演劇は、単なる代替策ではなく、デジタル機能を駆使した新たな表現の可能性を提示していて、今後もさまざまな演劇に取り入れられそうですね。
そうですね。発想自体は苦肉の策でも、これからの社会に必要となるものは確かに生まれるはずです。そうした思いもあって、さまざまな海外事例を取り入れて自分たちの糧にしていくことが「私たちが自分たちの限界を乗り越え、従来の“日本人以上”になるラストチャンスだ」と、あえて厳しい書き方をさせていただきました。
知恵を絞ることで新しい選択肢が生まれる
――技術の変化とともに、価値観も大きく変化する可能性がありますね。たとえば動画のストリーミングサービスが普及すると、家で視聴しながら楽に着られるウェアを着る人が増える。つまりファッションが「誰かのため」から「自分のため」になり、自分がいかに気持ちよくなれるかが商品を選ぶ際の大きな基準となる、と。
ファッションの他にも、自宅で家庭菜園を営んだり、家族でパンをこねて自家製パンを焼いたりするようなケースに見受けられますが、コロナ禍においては高額な商品やサービスを求めるのではなく、いかに自分の時間を充実したものにするか、地に足がついたものを楽しむかに贅沢の軸足が変わっていったと思います。重要な変化だと思います。
――私個人はアフターコロナのイメージとして、オンラインツールが発達して「人とのつながりが希薄化するのでは」という懸念がありました。しかし、イタリアの「善意の二重払い」(カフェで1杯のコーヒーを飲む際、余裕のある人が2杯分の代金を支払い、もう1杯分はコーヒー代を払えない人のために使う習慣)のように、むしろ社会のつながりが強まる変化は、いいなあと思いました。
コロナ禍になって、各地でローカル(地元)意識の強まりが感じられるケースが見受けられるようになりました。たとえばタイでは街中に棚が設置されていて、比較的裕福な人がそこに食料や水を置いて、貧しい人がそれらを手に取るような事例があります。デジタルなアイデアのみではなく、そうしたアナログなアイデアで、相互扶助が成立するような可能性もあるんですね。
そうした人間味のある事例と、デジタルを駆使するような事例のバランスが良くとれている国としては、まずデンマークが思い浮かびます。
――どのような点に、それが感じられるのでしょうか。
たとえば、首都コペンハーゲンの街中では、夜に劇団の方が自分の体に電飾をつけてパフォーマンスをして、市民を楽しませるような活動が見られました。それはアナログな、人間味のある事例ですよね。一方で、いわゆるアバタースポーツ観戦、つまり、ただの無観客試合ではなく、自宅にいるサポーターが応援する様子を観客席のたくさんのモニターを通して、フィールドの選手にまで届くような新しい観戦スタイルをいち早く確立させたのもデンマークです。
日本では当初、スポーツの試合も中止にするか、無観客で開催するかの二択しかないような状態でしたが、こうやって知恵を絞り、技術を駆使することによって、新しい選択肢が生まれていくんです。
世界はより身近に接することができる
――先ほど、若い世代の可能性について言及されました。学生や若手の社会人は今の状況に対して、非常に閉塞感を覚えていると思います。
若い世代はSNSにフレンドリーですし、外の情報を積極的に取り入れる素地は十分にあるはずです。実際に海外に行くことは難しくても、スマートフォンひとつで世界各国の情報を集められる時代にはなっているので、まずはインプットをガンガンしてもらって、その上で自分にとってのベストな行動に移していけるのではないでしょうか。
学生さんの場合は、オンライン授業で友だちと会いづらいとか、留学もキャンセルになったとか、辛いお話もたくさん聞きますけど、この状況だからこその「学び」の機会やオンラインのメリットも増えているのではないかと思います。弊社主催の事業でも、高校生がZoomを活用してモンゴル在住の遊牧民の方に話を聞いたり、大学生がイタリアの農家にフードロス問題についてヒアリングしたりといったケースがありました。
オンラインツールの充実やICT教育の積極的な導入によって、世界はより身近に接することができるものになっている。こうしたケースは今後も増えることが見込まれますし、学校の先生は自分が教えるのみではなく、世界と生徒をつなぐコーディネーターのような役割も求められるようになるでしょう。教育の概念が大きく変わりうる動きでもありますし、そうした変化の最先端を楽しんで、自分の可能性を貪欲に広げていってもらえればと思います。
――小祝さん自身は今後、どのようなことに挑戦するつもりですか。
しばらくはまだ海外には行けませんので、日本全国各地でローカルの魅力を掘り下げていきたいと思います。そしてアフターコロナで開国した際には、そうした掘り下げで得られた魅力を戦略に仕上げてローカルとグローバルをつなげていきたいですね。
――日本の事例では、どのようなものに興味がありますか。
食文化ですね。いわゆる「日本食」として海外に知られているものは多いですが、そのほとんどが日本全国に遍在するもので、地域ごとの食文化を高い解像度で海外の多くの人に知ってほしいという思いがあります。こんな多様なローカル食文化のある国は他にありません。アフターコロナにおいては、インバウンドツーリズムもまた復活するとは思いますが、そこで多くの方に食の魅力を知ってもらって、海外でも日本の味が広く堪能できるようなアウトバウンドマーケティングでも貢献できればと思います。インバウンドとアウトバウンドは表裏一体ですから。