1. HOME
  2. インタビュー
  3. 働きざかりの君たちへ
  4. 安藤美冬さん「つながらない練習」インタビュー SNSやめて得られた、適切な情報量と「本当のつながり」

安藤美冬さん「つながらない練習」インタビュー SNSやめて得られた、適切な情報量と「本当のつながり」

安藤美冬さん=篠塚ようこ撮影

「SNSやりきった」直感で退会

――フリーランスとしてさまざまな仕事をされ、FacebookやTwitterなどのSNSを駆使してインフルエンサーとなりました。そんなSNSの寵児とも言える安藤さんがすべてのSNSを退会したと知り、驚きました。理由はなんでしょう?

 SNSに1日何時間も取られてしまうといった時間の面、落ち込んでいるときに友だちや知人が活躍しているのを見て心が揺れるといったメンタルの面といった後ろ向きな理由もありますけど、後ろ向きな理由だけでは、やっぱり怖くて手放せないですね。

 前向きな理由としては、SNSをやりきった感があったから。そうでないと、未練が残るのかもしれませんが、すっきりした気持ちで次なるSNSを手放す世界線が見えたというか。ある日ふっと、こうしたやりきった感覚とともに、「私はSNSのない世界に行こう」という直感がふと降りてきたんですよね。

――直感や感覚を信じたということでしょうか。

 自分の感覚や直感、ひらめきとか、ふっと湧いたものを大事にしています。独立後、村上春樹さんの『職業としての小説家』で村上さんが小説を書き始めるようになったくだりを読んで、「あ、これだ。ここに真実がある」と思いました。

…… 一回の裏、高橋(里)が第一球を投げると、ヒルトンはそれをレフトにきれいにはじき返し、二塁打にしました。バットがボールに当たる小気味の良い音が、神宮球場に響き渡りました。ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。

 そのときの感覚を、僕はまだはっきり覚えています。それは空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分でした。どうしてそれがたまたま僕の手のひらに落ちてきたのか、そのわけはよくわかりません。そのときもわからなかったし、今でもわかりません。しかし理由はともあれ、とにかくそれが起こったのです。それは、なんといえばいいのか、ひとつの啓示のような出来事でした。村上春樹『職業としての小説家』(新潮文庫)より

 「給料がいいから」「まわりから褒められるから」「何となく自分の特技っぽいから」とか、そうやって頭の中でこねくり回して考えたことではなくて、自分の心にふっと現れる「あ、これだ」というもの。何かを踏み出すときのふとしたきっかけって、こういう感覚なんじゃないかなと思うんです。この村上さんの文章に触れたとき、自分の思い込みではなく、やっぱりこれは私たち人間に備わっている普遍的なものに違いないと確信しました。

30歳を前に「もう踏み抜くしかない」

――安藤さんは大学卒業後、出版社で営業職として働いています。なぜ出版社に?

 就活もはじめのうちは手当たり次第に受けては落ち続けていて、これは抜本的に変えなきゃダメだと思ったんです。好きなことをやろうと思って。それで考えてみると、飽きっぽい私がずーっと続けていたのが10代からの読書だったんですね。小学生で冒険小説にハマって、中学に上がると島田荘司さんや有栖川有栖さん、綾辻行人さんらの本格ミステリーに夢中になった読書体験があったんです。読むのに飽き足らず、自らノートに小説を書いたりもして。

 本に関わる仕事なら続けられそうだなと思って、ある出版社の募集要項やエントリーシートを見たときに、「あ、ここだ!」と思ったんですよね。何か運命的な出会いのようなものを感じて、A4で6枚分のエントリーシートを一気に書き上げました。結果的に直感通り、入社することに。直感は一番の情報なんだという確信がさらに深まりました。

 そして、子どものころから一生涯何かしらの仕事をしていたいと思っていたのですが、そのためには自分の気性に合う場所で、好きなことを選ぶのが大事なんだと実感できた出来事でした。「落ち着きがない」「飽きっぽい」といった弱点も個性として生かしていこうと思いました。でも、会社員時代は怒られてばかりだったんですけどね。失敗だらけで、「失敗動物園」みたいな状態(苦笑)。たくさんの先輩方に指導してもらって、少しずつ成長できた感じです。

――あまり想像がつかないです(笑)。大手出版社に入社して順風満帆のように見えますが、なぜ30歳を目処に独立したいという気持ちが芽生えてきたのでしょうか。

 10代のころから世界史を教える父の影響で「世界を旅したい」と夢見て、また中学時代から小説や脚本を書きながら「物語を書いてみたい」といった思いを心に抱えたまま、会社員として働き続けるのは、何だか中途半端な気がずっとしていて。右足と左足が噛み合っていないような感じ。仕事は楽しくて、素敵な先輩方や仕事先に恵まれたいい職場だったので、辞めなくてもきっと幸せだったんでしょうけれど、人生は一度きりなんだから挑戦してみたいと思ったんです。

 具体的に何をやりたいかというのは決まっていなかったけれど、決まっていない未来に身を投げ出してみることを考えたら、圧倒的にワクワクしました。私、子どもの頃からとっても天邪鬼なところがあって、人が白と言ったら黒と言いたくような、人が行かないところを敢えて踏み抜きたい性分なんです。30歳で次の仕事は何も見えていないからこそ、足元を思い切り踏み抜くしかないなと(笑)。

――とはいえ、いきなり独立というのは、安藤さんなりに恐れもあったはずです。その恐れとはどう向き合っていったのでしょうか。

 そりゃあもう、怖かったです。退職へと踏ん切りがつくまでに2年くらい行動を移せずにいました。毎日のように震えていた。不安で深夜に友だちに電話をかけると、「ミッフィー(安藤さんの愛称)の電話テロだー」って笑われて、でも絶対に電話を途中で切られたり、無視されたりすることはなくて。どんな時も話を聞いてくれた親友やメンターにも支えられましたし、応援してくれる人たちもいたから、辞められたんだと思います。

 それと、30代もその先も、会社勤めをしている自分の姿が想像しても見えなかったんですよね。自分は組織で出世するタイプじゃないことを分かっているし、そもそも出世したいかと言われたら興味もない。何より、会社勤めをしながら世界を飛び回ったり、創作活動をしたりするのは可能なのかを考えたら、それも難しい。こうやって「違う」と一度気づいてしまったら、気づく前の状態には戻れない。この先を描けないのに、そこにしがみつくことほど誰のためにもならないことはないと思いました。

SNSやめて「本当の意味でつながれる」

――今年は『つながらない練習』を含め、3冊の著書を続々と出版されています。やっぱりSNSをやめて、いろいろなものが見えて書きたいことが出てきたということなんでしょうか。

 まさにそうです。SNSをやめてネット上のつながりや情報ノイズを遮断したり、人間関係を整理したりしていくと、毎日がすごくシンプルになるんです。シンプルになることで、日常がマインドフルになってくる。月並みな表現ですけれども、自分がすでに手にしているたくさんのものにも気づけます。

 それまでは情報ってたくさんある方がいいと思っていました。でも、人が1日に10食、20食と食べられないのと同じで、人には適切な情報量がある。タイムラインを追って、テレビをつけっぱなしにして、いろんな人と関わり合うだけでも、心は揺れて脳はノイズでいっぱいになる。でも、そこから距離を置いて一旦静かな生活を送ってみると、自分にとっての適切な情報量というのが分かるんです。

――情報にも適量があるんですね。とはいえ、もはやSNSは生活の一部にもなっている人も多いかと思います。

 何もSNSをオールデトックスする必要はありません。一時的や部分的でもいいと思います。例えば、1日2時間SNSに費やしていたのを1時間にしてみる、毎日見ていた朝のテレビを1回やめてみる、いやいや参加していた飲み会を断ってみたり、増えすぎる一方のグループLINEや人間関係を少し整理してみたり。

 こうやって、できる範囲で“つながらない練習”をしてみるのはおすすめです。すると、人は自然と内側に目が向いてくるんです。自分は何が好きで好きじゃないかといったことがクリアになってきて、自分自身や自分の幸せについて考えるようになります。

――意識が内へと向かっていくと、世界が狭くなってしまうということはないですか。

 確かに最初は狭まります。私の場合、友人・知人が減り、インフルエンサーでもなくなったので仕事も減りました。メディアにも出なくなったので、「あの人は今」みたいな状況にもなりましたしね。

 でも、それは一時的な波に過ぎない。潮の満ち引きのように、しばらくすると思いがけない仕事や新しい人との出会いが目の前から必ず来るということを知っていれば、不安はありません。目の前の人からすごい口コミを聞いたり、仕事の口利きをしてもらったりと、想像を超えた形でつながれるからです。この世界に来ると、日常が魔法がかっていて面白いですよ。「次はこう来たか!」って。

 何かにチャレンジしたくても、ネガティブな情報が多すぎて怖いと感じている人、常識にがんじがらめになっている自覚がある人こそ、きっと、何かしらの解放感があるはずです。