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桐野夏生さんの新刊「砂に埋もれる犬」インタビュー 虐待された少年、つぶされていく心

桐野夏生さん=大野洋介撮影

 主人公は12歳の少年、小森優真(ゆうま)。母・亜紀は無職で、交際している男の部屋に優真、4歳の弟とともに居候している。男と近所の遊技施設に入り浸る亜紀は、平気で3日も4日も子どもたちを部屋に残す。マンガ雑誌や衣類のちらかった部屋で、兄弟は優真がコンビニでもらってきた、廃棄されるはずだった弁当をめぐっていがみあう。

 優真は母親からの愛情を受けられずに育ち、女性への憧れや甘えを充足させられないまま思春期に入る。そこにミソジニー(女性嫌悪)の芽があるのではないか、と桐野さんは考えた。

 「男が女を馬鹿にしたり、ヘイトしたりするのは、もちろん男尊女卑的な環境もあると思いますが、女、それも母親との関係に対する裏切られた思いや、いらだちのようなものが幼少時からあったからではないか、という気がします」

 その「仮説」は、書き進めていくうちに導き出されたものだという。

 「書くということは、優真と一緒に経験を重ねていくこと。一年かけて書いていくうちに、だんだん優真の屈折が実感できてくる」

 劣悪な環境に育った優真の心は、児童相談所に保護され、里子として引き取られた後も、周りの人間と関わるごとに傷ついていく。

 たとえば、里親から発せられた「友だちできたかな」の一言。歯磨きや風呂の習慣さえ根付いていない優真は、進学した中学でも人間関係の作り方がわからず、周りになじめない。

 「子どもたちのコミュニティーに入れない子に、『友だちができたか?』と聞くのはものすごく残酷なこと。書いていて初めて気づきました」

 優真の鬱屈(うっくつ)は、クラスメートの女子生徒へと向けられ、彼女に対する行動は次第にエスカレートしていく。

 「つぶれてしまった心はなかなか元に戻らない。すでに、単純に愛情を注げば解決する問題でもなくなっている。どうすれば良いのか。突き放すようですが、私にはわからないです」(興野優平)=朝日新聞2021年12月1日掲載