レファレンスサービスの認知向上のために
――「覚え違いタイトル集」は、どういった経緯で生まれたのですか。
そもそもの始まりは大学時代の後輩が久世番子さんの漫画『暴れん坊本屋さん』を勧めてくれたのがきっかけかもしれません。久世さんが書店でバイトをしていたときのことを描いた漫画で、お客さんが覚え違えているタイトルから「これですね」と正しいタイトルの本を渡すシーンがあったんですよね。それを見て図書館のカウンターでも似たようなことがあるという話から、エクセル表で覚え違いの事例を集めていくことになりました。当時、よく覚え違いをする常連さんもいたので、その人の傾向がつかめるかもしれないし、他にも同じような覚え違いもあるかもしれないという感じで、事例の蓄積が始まりました。
――それを2007年からホームページ上で公開し始めたのはなぜでしょう?
当時の館長がレファレンスサービスの認知度が低いことを課題と捉えていて、知られていないことはやっていないことと同じだというようなことを言っていたんです。そこで、何か面白いコンテンツをホームページに載せれば図書館に関心のない人もホームページを見てレファレンスサービスのことを知ってもらえるかもしれないと考えました。それで、うちの図書館で何か面白いものはないかって探したときに、「覚え違いタイトル集」があるじゃないかと、公開することになったんです。
――いまでは福井県立図書館内だけの覚え違いに限らず、覚え違いを広く募集もしていますね。これも公開当時から始めていたんですか。
いいえ。実は「覚え違いタイトル集」は、公開してから1、2年ほどは知る人ぞ知る存在だったんですよね。それが2009年ぐらいにツイッターで「覚え違いタイトル集」を更新したことをつぶやいたら、それがすごくリツイートされてバズったんです。その時に、私もこんな覚え違いがあったとメッセージを送ってくれる人たちがけっこういたので、募集してみたら面白いんじゃないかと、情報提供の応募フォームを設けました。
「ブラッディなんとかさんの、3色の本」?
――いまでは1000近い覚え違いが集まっていて、書籍では90の覚え違いが厳選のうえ紹介されています。実際に宮川さんご自身が対応された中で、特に印象に残っている覚え違いはどんなものがありますか。
「ブラッディなんとかさんの、なんか3色だったの」ですかね。カウンターで言われたときには、すぐに「ああ、ブレイディみかこさんですね」と思ったんですけど、後から文字にしたときに、同僚から「血まみれじゃん」って言われて(笑)。かなり化けたなというのを後から知ったという……。
――どこかのプロレスラーみたいな名前になってますね(笑)。
強そうですよね(笑)。あとは、書籍化のタイミングには間に合わなかったんですけど、橋本治さんの『あいうえお美術史』という覚え違い。これ、本当にありそうなタイトルじゃないですか。
――たしかに。さもありなんというタイトルですね。
ありそうなのにデータベースで調べても全然ヒットしないので、試しに検索ワードから「あいうえお」をはずしてみたら、すぐに『ひらがな日本美術史』が出てきました。利用者の方に「『ひらがな日本美術史』じゃないですか?」と答えたら、タイトルを書いたメモを見返して、「え?うそ。私、『あいうえお』って書いていたの!?」って。ご自分では、ちゃんと『ひらがな日本美術史』と書いたつもりだったそうなんです。二人で「すごい現象だ、おかしいね」って笑ったのを覚えています。
長い、なじみがない単語、数字、翻訳物は要注意
――「覚え違いタイトル集」を眺めていると、覚え違いの傾向みたいなものが見えてきます。宮川さんはどんな傾向があると思いますか。
やっぱり長いタイトルは、もうどうしようもないですよね。あとはあまり聞きなれない、なじみがない単語が入っているものは間違われやすいですね。先ほどのブレイディみかこさんの例も、日常生活でよく見かける名前ではないから間違えてしまったんだと思います。
――数字もけっこう間違いやすいですよね。ベストセラーの『人は見た目が9割』が「7割」になっていたり、映像化もされた『1リットルの涙』が「100リットル」で100倍になっていたりと、問い合わせた人の願望や思いが反映されるのかもしれません(笑)。
そうですね。あと、翻訳物は新訳が出たり、出版社が違ったりするとタイトルが変わってくることもあります。例えば「大草原の小さな家」シリーズは、2つの出版社から別々のタイトルで出ています。なので、必ずしも覚え違いとは限らないんです。そうなんでもかんでも覚え違いって切り捨てちゃいけないんですよね。
――翻訳物は映像化の際にタイトルが変わる場合もありますね。映画「チャーリーとチョコレート工場」の原作は『チョコレート工場の秘密』、映画「ブレードランナー」の原作は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』など、そこもちょっとした罠かなと(笑)。
『ドリトル先生月へゆく』の覚え違いであった『ドクタードリンク宇宙へgo』も、おそらく映画の「ドクター・ドリトル」に引っ張られる形で間違えて覚えちゃったんだと思います。
――本当にバラエティ豊かな覚え違いがあって、見ただけで思わず吹いてしまうようなものもあるのですが、カウンターで対応していて笑ってしまうことってないんでしょうか。
素直にそういうタイトルの本があるのかなと思って、まずは問い合わせの内容を信じて調べるので、笑ってしまうことはないです。実際、パロディー本なんかは、ちょっと違うタイトルのものが出ていることもありますからね。
なんでも聞いてよしのレファレンスサービス
――本の最後には、レファレンスサービスや司書の仕事についても紹介されています。「レファレンスサービス」と聞くと、壮大なプロジェクトに携わっているような研究者が利用するサービスという、かなり敷居の高いイメージがあったのですが、本当になんでも聞いていいんですか……?
はい。本で調べられることならなんでもお答えできるので、なんでも聞いてもらっていいんですよね。例えば、「みかんでジャムを作る方法が載っている本が知りたい」といった身近な話題でもいいんです。図書館にある本を一冊ずつ調べていくのは大変ですし、時間もかかります。私たち司書が一緒に探しますし、私たちは普段からたくさんの本に触れていてこういった本に載っていそうだなという勘もあるので、利用者の方の調べものの時間を短縮することができるんですよね。
確かにレファレンス事例集などには、調査能力を駆使したすごい事例が紹介されていることが多いのですが、実際にはなんでも聞いてもらっていいし、聞く権利があるということを皆さんに知ってほしいんです。ある図書館学の研究者の方が「覚え違いタイトル集」を見て、「自分のうっかりな覚え違いもちゃんと調べてくれると思ったら、カウンターで聞くことに対して心理的なハードルが下がった」と言ってくれました。まさに「覚え違いタイトル集」には、質問のハードルを皆さんに下げてもらいたいという思いを込めています。
――レファレンスサービスをはじめ、図書館を利用しているわりに知らないことがたくさんあるなと改めて感じました。パソコンやスマホで検索することは日常茶飯事ですが、図書館の蔵書検索はGoogleなどの検索エンジンとは勝手が違うことも知りませんでした。
確かに知られていない部分ですよね。できることなら、いわゆる検索エンジンに近いようになってほしいなという気もするんですけど、良し悪しがあるんです。例えば、『あ』というタイトルの本が実際にあるのですが、それだけを調べたいのに通常の検索エンジンだと予測変換もあって幅広い範囲を調べてくれるので、不必要な結果も一緒くたに出てきてしまいます。図書館の検索システムは、ピンポイントで1冊の本を探すことに特化したものなんですよね。
――だから、ひらがな表記のところを間違えて漢字変換してしまうと引っかからないんですね。タイトルはすべてひらがなで検索する方がすんなりヒットするというのは目から鱗でした。
それと、助詞や語順に自信がないときは、複数の単語だけで検索するのも手です。「覚え違いタイトル集」にあった『人生が片付くときめきの魔法』も、単語、単語で区切って検索すれば、語順が違っていてもちゃんと『人生がときめく片づけの魔法』がヒットするんですよ。
読書は生涯できること。暮らしの中に図書館を
――カウンター業務以外にも、資料の登録整理やイベント等の企画など、司書の仕事って本当に幅広いです。宮川さんはどんなところに魅力を感じて司書になったのでしょうか。
ちょうど就職氷河期真っ只中というのもあって、大学に通いながら取れる資格は取っておこうと、教員免許と図書館司書の資格を取っていたんです。司書課程の中で、大学の先生が「図書館は民主主義の砦だ。それだけは忘れるな」と常に言っていたんですよね。地域の住民にとって大切な情報を提供するのが図書館の役割ということをすごく熱く語っていて、「知の殿堂」、知を支える下支え的な仕事というところがすごく魅力的だなと思って、司書を選びました。
いろんな本に触れられるということも魅力の一つですし、本を読んで喜んでいる人たちの姿を見られるのも大きな魅力です。カウンターで「この間読んだ本が面白かった」など感想を話してくれる人がいると、利用者の方からパワーをもらっている部分もあるなと思います。
――宮川さんは、図書館をどんな場所にしていきたいですか。
暮らしの中に図書館があるように感じてもらえたらいいなと思っています。それと、本を読むという行為は誰もが一生できることなんだということを知ってもらいたい。ちょっと前に、本をよく読んでいたご年配の方が目が痛くて本が読めなくなってラジオばかり聞いているという話を聞きました。いま私が読書バリアフリーサービスを担当していることもあって、「録音図書を図書館で借りませんか」と提案してみたんですけど、「そこまではいいかな」と言われてしまって……。そうはならない図書館になるよう、もっと図書館を成長させ、知ってもらう努力を続けたいです。
インタビューを音声でも
好書好日編集部が毎週お届けしているPodcast「本好きの昼休み」でも、インタビューをお聴きいただけます。思わず笑ってしまう覚え違いタイトルから知られざる司書のお仕事まで、盛りだくさんの内容です。