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小野寺史宜さんが「ベスト」と断言するブルース・スプリングスティーンの2作め

©GettyImages

 誤解を恐れずに言うと。ブルース・スプリングスティーンが好きと言うと誤解される恐れがある。いわゆるアメリカンロックが好きなのね、と勝手にイメージされてしまうのだ。

 だからもう少し細かく言う。僕はブルース・スプリングスティーンの2作めが好き。

 1973年にリリースされた『青春の叫び』(The Wild,the Innocent & the E Street Shuffle)。名盤とされる第3作『明日なき暴走』(Born to Run)の1つ前のアルバムだ。荒々しくも繊細。ロックであり、フォークでもあり、それでいてジャズとの接点も感じさせる超絶盤。

 音と詞で夜の街を鮮烈に描いたこの時期のブルース・スプリングスティーン。そのなかの数枚でもベストはこれだと僕は思っている。何なら、ロックのアルバムでもベストはこれ、と言ってしまってもいい。

 ホーンも加わる「Eストリート・シャッフル」で、アルバムは華々しく始まる。

 続く「7月4日のアズベリー・パーク」でさっそく憂いを見せるも、「キティズ・バック」でバンドは軽快に跳ね、「ワイルド・ビリーズ・サーカス・ストーリー」でチューバやアコーディオンやマンドリンがその跳ねを落ちつかせる。

 レコードで言うB面。「57番通りの出来事」は、ピアノにギターがかぶさってくるイントロでもうやられる。エンディングは逆にギターからピアノに戻り、メドレーのようなつなぎで次へ。

 そして「ロザリータ」が炸裂する。

 この曲を初めて聴いた高校生のときはシンプルに、すげえな、と思った。こんな曲をこんな編成でこんなふうにやれる人はほかにいないでしょ、と。その思いは50を過ぎた今も変わらない。実際、ほかの人がやる「ロザリータ」のような曲、ですら聴いたことがないから。

 若く楽しく弾けに弾け、最後の曲はこれ。「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」。

 2分を超えるピアノ前奏のあと、「ビリー」とまだ20代前半のブルース・スプリングスティーンが囁くように言う。あぁ、と思う。聴いている僕はこのときもう詞に出てくるビリーやそのカノジョらしきダイヤモンド・ジャッキーと同じ車のなかにいる。

 一応、メロディはあるが、ポエトリーリーディングに近い感じもなくはない。ニューヨーク幻想とも言えるこの曲でアルバムは静かに終わる。

 全7曲。47分弱。7分以上の曲が3つあり、「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」はほぼ10分。

 7曲、全部ちがう。全部いい。捨て曲がないと言う以前に、捨て曲なる概念自体がない。いわばコンセプトアルバム。聴き応え、凄まじい。才能、とはこういうものなのだとわかる。

 高校生のころはこのアルバムを毎日聴いていた。2度続けて聴くこともあった。日に3度聴くこともあった。

 学校の授業を聞く代わりにこのアルバムを初めから終わりまで頭のなかで再生したりした。授業は50分だからちょうどよかった。途中で先生に質問され、答えられなかったりもした。今再生中! と言いそうになった。と、これは自作の小説にも書いた。音楽がすべてだったのだ、当時の僕は。

 で、ここまで読んでくださった皆さんは、もしかしたらこんなことを思われているかもしれない。

 アルバムがすごくいいのはわかりましたよ。でもその邦題はどうなの?

 そうなのだ。惜しいのはそこ。そこのみ。

 レーベルさんには大変申し訳ないが。この邦題問題には昔から悩まされてきた。一番好きなアルバムは『青春の叫び』です、とは言いづらいのだ。だからいつも、ブルース・スプリングスティーンの2作めです、と言ってきた。タイトルは? と訊かれたら、原題をそのまま伝えてきた。つらいのです、聴く側も。

 と、そんな文句ばかり言っているやつだと思われてもよくないので、フォローのために、もう一つ。

 ブルース・スプリングスティーンの第1作『アズベリー・パークからの挨拶』(Greetings from Asbury Park,N.J.)の1曲め「光で目もくらみ」(Blinded by the Light)。これは意味もきちんと伝えるとてもいい邦題だと僕は思っています。本当です。

 まあ、それはともかく。ブルース・スプリングスティーンの2作め。

 このアルバムについてはどこかで書きたいとずっと思っていた。その機会を頂けて、今はとてもうれしい。