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「ペイント」イ・ヒヨンさんインタビュー もし子が親を選べたら? 近未来に託す、幸せな家族のかたち

「親」という資格を与えられるのは誰?

――「子どもが親を選ぶ近未来」という設定を、どのように考えついたのですか?

 5月は韓国では「子どもの日」(5月5日)の祝日や「父母の日」(5月8日)という記念日があり、「家庭の月」と呼ばれています。その「家庭の月」を特集するインターネットのニュース特集で、児童虐待の80%が実の親から被害を受けているという記事を目にしました。内容もさることながら、「誰でも子どもを産ませてはいけない。資格を持つ親だけが産めるようにしないと」といった記事のコメントに胸を痛めました。

 「親という資格を与えることができるのは誰だろう」と考えたとき、それは国家でも企業でもなく、子どもではないか。もし子どもが親を選べるシステムが韓国で開発されたらどうなるだろうと考えて書いたのが『ペイント』です。

――NCの子どもたちは、生みの親の顔を知らず、血縁から来る親への感情を知らないという設定です。こうした境遇の登場人物を描くのは難しかったと思いますが、どのような事例を参考にしましたか?

 両親がいない子の心境を想像するのは確かに難しいですが、時々、親と喧嘩したりすると、「もし自分の親がこの人じゃなかったら?」「家がもっと金持ちだったら?」といったことを想像するでしょう? 私にも反抗盛りの中1の息子がいますので、息子の立場で書こうと心がけ、いろいろ考えを巡らせました。

――NCは閉ざされた世界で、子どもたちは外部を知りません。ある意味、『進撃の巨人』にも似た設定ですが、ノアという、一度外の世界に出て戻ってきた人物を登場させています。

 NCは外の社会で「子捨て場だ」と反対する人たちがいるので、子どもたちはそこから隠すようにひっそりと隔離されて育てられます。外に出られるのは年1回の遠足と、里親を見つけるか20歳になって退所するときだけ。だから「外は自由で、実の親との仲もきっといいんだろう」と、外の世界へのあこがれを持っています。

 でも実際にノアが里親を見つけて外に出てみると、実の親子も喧嘩して憎み合い、遠ざけることもあることを知る。そうしたことを対比させるために、一度外に出して、もう一度NCに戻したのです。

イ・ヒヨンさん (C)Lee Hee-young

子育てに自信がなかった

――イ・ヒヨンさんは産後鬱で苦労した経験があるそうですね。

 子どもを産むことがとても怖かったんです。子育てに自信がなく、産んだ子に対して責任を負えるのかという恐怖感があり、「うまく育てなければ」と気負って萎縮してしまいました。また、出産を理由に会社を辞めたことで虚脱感に陥ったことも、小説を書く原動力になった気がします。

 小説の中でジェヌと心を通わせていく里親候補のハナとヘオルムは、他の候補とは違い、「あたしたちみたいに未熟な人間が、君にとっていい親になれるか? 正直、自信がない」「ただの友達じゃダメ?」と、とても率直に養子との関係を不安がっています。私自身がとても投影されていると思います。

――「親は、産んでやったというだけですべての選択権を持つ」「遺伝子を受け継いだという理由だけで?」というジェヌのセリフは、イ・ヒヨンさん自身が伝統的な家族観に対して疑問を投げかけているように読めました。

 私の血を受け継いだ人、私の姓を受け継いだ人……特に韓国では血縁が重要視されます。私はそういったことから自由になるべきだと思います。「私の生んだ子だから」「実の親だから」という理由で、むしろ血縁があるせいで傷つく場合もあるでしょう。血縁による親子関係でなくても、いくらでも家族になれるのではないかと思います。

 私自身、「結婚したんだから子どもを産まないと」と周囲から当然のように言われました。なぜ結婚して子どもを産むのが「当然」なのか。結婚だけして産まなくてもいいのではないか。自分の選択として、産まずに養子を迎えてもいいのではないか。それでも家族になれるのではないかと。当時、勇気がなくて口には出せなかったけど、私より若い世代は声を上げていますね。

――NCの子どもたちの指導役で管理担当の「パク」や、ジェヌの里親候補のハナ、ヘオルムは、程度の差はあれ、親から虐げられた傷を負っています。ジェヌが心を通わせる人々との関係を通じて描こうとした、「幸せな親子関係」とは何でしょうか?

 まずお互いを尊重すべきだと思います。親が無条件で子の犠牲になるべきだとも思いませんし、子どもだからといって無条件、親に従わなければならないものでもない。互いの人生を応援する関係であってほしい。

――ラストは意外な方向に展開していきます。パクとの会話にそのヒントがあるような気がしますが、ジェヌはどうして、NC出身者として社会に旅立つことを決意するのでしょうか。

 20歳までに里親を見つけられずにNCを退所した出身者は、社会に出ると強い差別を受けています。里親を選んで出て行けばこの烙印は消されますが、ジェヌは自分がNC出身者であることを明かして、声を上げてこのシステムの問題点を指摘することを決意します。

 世の中は様々な種類の差別があり、率直に言って、完全になくすことは難しいでしょう。ただ、差別の対象となる人が声を上げなければ、だれも気にもとめない。勇気を出して声を上げて、変えていかなければならないと思います。アメリカの公民権運動も、黒人がまず声を上げた。私はそれをジェヌ自身がやるべきことだと考えたのです。

パクが口を開いた。「この世の中は相変わらず見えない階級に別れているし、差別は厳然としてある。力がある者は絶え間なく弱い存在を踏みつけにしている。特権意識を持ちたいんだ。力がある者だけじゃない。力の弱い人々にも、そういう特権意識はある。自分も弱いのに、もっと弱い存在を踏みつけようとする。貧しい国から移民してきた人、誰もが嫌がる仕事をする労働者への冷たいまなざしなんかは全部そこに含まれる。実の親のもとで育った人たちは、国家が面倒を見て大きくなった君らに妙な反感を抱いている。(中略)その子どもが社会にでてどんな不利益を受け、差別の中を生きることになるか」――『ペイント』より

(Photo by Getty Images)

出生率低下「利己主義」ではない

――続編が出版されていると聞きました。日本では未刊行ですが、どんなストーリーなのでしょうか?

 『ペイント』から5年後の出来事を描いた短編「モニター」です。ジェヌ、アキ、ノアが成人しています。それを読めば、ジェヌがその後どうなったのか、ハナやヘオルムと出会えたのかが分かるでしょうし、先ほどの差別についても深く言及した物語になっています。

――韓国の生涯特殊出生率は0.84を記録しました。日本も少子化は深刻な問題です。様々な理由で、出産や子育ての負担を若い世代が重圧に感じていると思います。

 様々な問題が複雑に絡み合っています。韓国の場合、もっとも深刻なのは住宅の価格高騰ですが、それだけ解決すれば済む問題でもない。

 個人主義の傾向が年々強まり、伝統的な家族に疑問を持つ人たちが増えています。「なぜ結婚して、子どもを産んで、自分の人生を犠牲にしなければならないのか? 自分の人生を楽しみたい」と考える人が増えました。これは単純に経済的な問題、利己主義では片付けられません。私も仕事をやめて子育てをしましたが、まず社会が、子育てを無条件の犠牲だと親に認識させないようにしないといけないでしょう。

――そんな中で、「子が親を選ぶ」という『ペイント』のシステムは一つの代案のようにも思いますが、将来、現実になる可能性はどの程度あると思いますか?

 さすがに「国家が育てるから子どもを産め」というシステムは非現実的だと思いますが、韓国では今、芸能人が赤ちゃんではなく、大きくなった子どもを養子に迎えるケースが相次いでいます。成熟した一人の人格として、会話を交わしながら家族になっていくのです。

 韓国の養子縁組は幼児のときに養子を迎え、それを明かさないのが主流ですが、年齢の行った子を養子に迎えることがもっと広がれば、お互いの気持ちを確認した後に家族になることができると思います。

――読者のどんな反応が印象に残っていますか?

 韓国では親たちが「私は面接で何点をつけられるだろうか」と心配しました。でも実際に子どもに聞いてみると、点数をつけるのは難しく、むしろ面接や合宿を重ねて親を選ぶのをとても大変だ、悩ましいと感じたようです。「生まれたら自然に親がいることがありがたい」という反応もありましたね。

――日本でどんな人に読んでほしいですか?

 ぜひ、親子で一緒に読んで、いろんな会話を交わして頂ければと思います。それぞれ違った反応が出るでしょうから。