1. HOME
  2. 書評
  3. 「映像が動き出すとき」/「X線と映画」 揺籃期の可能性 広い視野で探る 朝日新聞書評から

「映像が動き出すとき」/「X線と映画」 揺籃期の可能性 広い視野で探る 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月05日
映像が動き出すとき 写真・映画・アニメーションのアルケオロジー 著者:長谷正人 出版社:みすず書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784622090540
発売⽇: 2021/11/18
サイズ: 22cm/353,7p

X線と映画 医療映画の視覚文化史 (視覚文化叢書) 著者:長谷 正人 出版社:青弓社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784787274434
発売⽇: 2021/12/24
サイズ: 22cm/305p

「映像が動き出すとき」 [著]トム・ガニング/「X線と映画」 [著]リサ・カート

 美術や文学と同じく、映画も本当にくわしくなると現代の作品より古典が面白くなる。さらにくわしくなると、古典が古典になる前の最初期の表現史にがぜん興味が出てくる。「初期映画史」とは映画術のそういう揺籃(ようらん)期のこと。いわゆる「映画の文法」が確立されるまでの、20年にも満たないほどの時期である。
 この初期映画史の研究が盛んになったのは、いまから40年ほど前だ。『エジソンと映画の時代』(森話社)のチャールズ・マッサーらと並んでこの分野を切り拓(ひら)いたのが『映像が動き出すとき』のガニング。1986年の論文「アトラクションの映画」で歴史解釈の可能性を主導した理論家・歴史家である。その近年の主要論文を網羅した名集成が本書だ。
 「名」と呼ぶにはふたつ理由がある。ひとつは収録作の陣容が、現在の初期映画史研究の挑戦をまとまりよく示していることである。
 「アトラクションの映画」は既にほかの論集に収録されているが、今世紀になっての9編を集めた本書では映画史の枠にとどまらず、映画と技術基盤を共にする写真、映画以前に没入感覚的体験で人気を博したパノラマ館、またCGやアニメにも視野を広げて近年の視覚文化論の奥へと分け入り、深い森に差す木漏れ日のように精妙な議論を展開してゆくのである。
 いまひとつは、本書に「原著」が存在せず、日本で独自に編まれたガニング論集であることだ。
 専門分化が極度化したアメリカでは方法的・理論的なアイデアがそのつど新しい共同論集に発表され、たちまち分野内で共有されて過ぎてゆく。しかし外国でフォローする側にはその状況まで把握されず、ネットの時代でも懸隔は大きい。本論集はその陥穽(かんせい)を埋め、単なる理論受容を越えた成果をめざす編訳者の思いを表している。
 それゆえ同じ編訳者が監訳に当たった『X線と映画』も、このへんをふまえると単にユニークな医療映画論に見えなくなるだろう。
 現に本書もガニングのアトラクション論に示唆を受け、誕生してまもない映画術を医学がいかに「病」の捕捉と理解に応用したかが、運動生理実験やてんかんの症状、顕微鏡、X線検査の記録映像などで具体的に検討される。
 圧巻は最終章「女性とX線写真術という公的文化」。92年、連邦議会は乳がん予防を予算化し、大規模公衆衛生の任に軍を充てた。当時の論議を契機に本章は30年代の結核検査のキャンペーン映画からマンモグラフィー検査、超音波診断までの実験画像とその社会的位置をたどる。いまでは少し古いが、視覚文化論と同時期に展開したジェンダー史の視点との交差が示唆的な、志ある論考である。
   ◇
Tom Gunning 1949年生まれ。米シカゴ大名誉教授。初期映画研究、メディア史研究▽Lisa Cartwright 米カリフォルニア大サンディエゴ校教授。視覚文化論、フェミニズム科学技術論。