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「物価とは何か」書評 共有される相場観は実質的な力

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月12日
物価とは何か (講談社選書メチエ) 著者:渡辺 努 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065267141
発売⽇: 2022/01/13
サイズ: 19cm/333p

「物価とは何か」 [著]渡辺努

 原油の高騰が連鎖的に物価全体を上げ、インフレが起きる。もっともらしく聞こえるが、この考えは正しくない。
 原油が高騰すると、ガソリンなど石油関連商品は値上がりする。だが消費者は他の商品で節約する。例えば菓子を買い控える。このとき菓子メーカーは、一層の買い控えを恐れ、値上げできない。むしろ菓子への需要低下は値下げの圧力を生む。つまり原油の高騰は、商品によっては値下げを起こす。値上げと値下げは相殺され、商品全体の物価水準はさほど上がらない。
 1974年に原油の高騰と、物価水準の大幅上昇が起こった。この「狂乱物価」は原油の高騰が原因とよく説明されるが、後のデータ検証で、その因果関係は否定されている。真の原因は、日銀による貨幣の過剰供給だと著者は説明する。市中にお金の量が増え、その希少性が下がり、物の価格が上がったということだ。
 物価に影響を与える事柄は多岐にわたる。人々の将来物価への予想だけでなく、著者はノルム(社会的規範)も大きな影響をもつと考える。ノルムとは人々が共有する相場観だ。それは例えば、賃金は「毎年これくらいの引き上げ」が妥当だというような感覚だ。その感覚は必ずしも経済的な合理性とは合致しないが、実質的な力としてはたらく。
 日本のデフレは難題だ。馴染(なじ)みの店が値上げしたとき、物価は変わらないものと考える消費者は他店をあたる。しかし物価は上がるものと考える消費者は、その店で買う。日本は前者のような消費者が多く、著者はそれをデフレの一因と見る。結果として企業は、価格は同じままで分量を減らしたり、内容がほとんど変わらない新商品を過度に市場に投入したりする。いずれも実のある商品開発とは言い難いものだ。
 それにしても著者の視野は広く、洞察は深い。世界でインフレ懸念が高まり、日本でも物価上昇の気配があるなか必読の一冊だ。
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わたなべ・つとむ 1959年生まれ。東京大教授(マクロ経済学)。著書に『市場の予想と経済政策の有効性』など。