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「オークション・デザイン」書評 市場の設計 実務経験から説明

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月26日
オークション・デザイン ものの値段はこう決める 著者:ポール・ミルグロム 出版社:早川書房 ジャンル:経済

ISBN: 9784152100511
発売⽇: 2022/02/16
サイズ: 20cm/245p

「オークション・デザイン」 [著]ポール・ミルグロム

 かつて経済学は市場をブラックボックスのように扱っていた。消費者がいて生産者がいれば、アダム・スミスのいう「見えざる手」が動くのだと。そして見えざる手が価格を調整して、好ましい資源配分が実現するのだと。すでに世に存在し、上手(うま)く機能している市場を描写するときには、この扱い方で不便はない。しかしこれから世に新しい市場を作ろうというときには、それでは通用しない。ブラックボックスの中身を作らねばならないからだ。
 これを成し遂げたのが著者のポール・ミルグロム。市場を単なる観察の対象ではなく、設計の対象とした研究者だ。保険数理士の出身で、2020年にはノーベル経済学賞を受賞している。ミルグロムは1990年代に米国で、政府が民間に周波数免許を販売するオークション方式を設計した。近年ではそれら免許を買い取り、再販売する精巧な仕組み(インセンティブ・オークション)を構築した。経済理論を現実で「使える」ように発展させ、実際に「使った」のが彼の偉大なところだ。米国ではミルグロム以降、市場サービスを提供するIT企業が、市場設計の研究者を積極的に雇用するようになった。
 本書にはミルグロムが使ったり、作ったりした学知の精髄がまとめられている。なかには複雑な数式もあり、必ずしも初学者が学びやすいものではない。しかしトピックの選定や、何かを考える理由の説明が、すべてミルグロムの実務経験に基づいており、それだけでも目を通す価値がある。とりわけ計算論的な問題や、市場参加者のインセンティブへの配慮は深い。
 本書は、市場の設計や運営において、いまや複雑な数式が避けがたいことを示してもいる。富の源泉が、物資や工場といった有形資産から、知識や情報といった無形資産へと移った今日、それは必然的なことなのだ。そのような時代を象徴する一冊として本書を位置付けたい。
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Paul Milgrom 1948年生まれ。スタンフォード大教授(経済学)。著書に『オークション 理論とデザイン』など。