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小林信彦さん「日本橋に生まれて 本音を申せば」インタビュー 下町生まれのリアリズム

小林信彦さん

 「人生は五十一から」、のち改題して「本音を申せば」。20年余り続いた週刊文春の名物連載がフィナーレを迎えたのは、昨夏のこと。

 あっという間だったと、さらりと振り返るが、2017年に脳梗塞(こうそく)で倒れた。幸い、不自由を抱えつつも約半年後に執筆を再開できた矢先、骨折で入退院を繰り返す。うろたえ「壊れる私」。それでもリハビリの合間を縫い、「書けるうちに書いておこう」の一念で、完走した。

 連載をまとめた単行本の最終巻だけに、中身はぜいたくだ。とりわけ前半は、翻訳推理小説雑誌の編集長から放送作家になり、小説の道へ転じた自身にとって大切な人々が登場する。野坂昭如、渥美清、植木等、大瀧詠一、江戸川乱歩、大島渚、坂本九、タモリら、昭和という時代の奔流の中で出会った、一癖も二癖もある顔ぶれの思い出話である。

 たとえば植木等「ニッポン無責任時代」は「インチキな人間のみが成功するという鋭さ」ゆえに、単なるB級映画でない。テレビドラマで渥美清を演じた柄本佑(えもとたすく)の「愁(うれ)い顔」は「ふっと気取る」「二枚目になったつもり」の渥美に似ている、と。

 一瞬を逃さないリアリズム。それが東京下町生まれの人間の「眼(め)」だと記す。これまでもモチーフにしてきた、日本橋で9代続く和菓子屋の長男という出自を、改めて今かみしめているそうだ。本書のタイトルには、そんな思いを込めた。

 あからさまな政治批判は無粋と考えてきたのに、近年は怒ることが増え、控えめにいっても日本社会は「荒れ狂う嵐の中」と危ぶむ。

 でも生活は変わらない。新旧の映画をBSやDVDで見る。素晴らしい場面には拍手を送る。ヒチコック中期作品の「天才」の瞬間をたたえる後書きに、こう書く。「みなさん、拍手をするならここです!」(文・藤生京子 写真・村上健)=朝日新聞2022年4月9日掲載