「宮廷女性の戦国史」書評 武家との交渉も イメージ覆す
ISBN: 9784634152052
発売⽇: 2022/04/25
サイズ: 19cm/295p
「宮廷女性の戦国史」 [著]神田裕理
日本史の中で、戦国時代ほど人々に愛される時代はない。歴代のNHK大河ドラマでも視聴率上位を占める作品の多くは戦国時代を扱ったものであるし、戦国武将を登場人物に据えたゲームは幅広い世代に人気だ。ただその戦国イメージは一般には長らく固定化が続き、武将の活躍が注目される一方、女性は政争の具に用いられる弱者、天皇・朝廷は「歌や管弦に明け暮れた軟弱な人々」「戦国武将を操ろうとした陰謀の輩(やから)」とのイメージが強かった。
本書は近年急速に進んだ戦国期研究も紹介しつつ、同時代の宮廷に生きた女性の実像を通じて、既存の戦国像に転換を迫る一冊。ことに天皇の衣食住の世話や儀式・行事への参加などの朝廷内部の仕事から、織田信長に代表される武家への意思伝達役や交渉係まで務める後宮女房の姿は、これまでの戦国期の女性像・朝廷像からほど遠い。
そんな彼女たちの多くが十歳前後から出仕し、三歳で当時のトップ女房の養女として後宮に入った女性もいるというから驚きだ。芸能・文学、更には仏教にまで親しみ、「冷静かつ穏和(おんわ)で」「自分の心の内を態度や言葉に出さない」といった心構えの下で宮仕えをしていたとも考えられるという。
一方で後宮で生まれた皇女は比丘尼(びくに)御所(尼寺)に入り、尼の生涯を送った。だが彼女たちは決して捨て去られた存在ではない。朝廷や血縁者と関わりを保ちながら、国家・天皇を仏教と祈禱(きとう)を通じて外護(げご)していたとの指摘は、後宮女房の存在と共に僧俗双方の立場から朝廷に関わり続けた女性の姿を考えさせられる。
ただ女性官僚とも呼ぶべき後宮女性は、戦国期に突如出現したのではない。八世紀の奈良時代にはすでに男性官吏と共に朝廷を支える女官が置かれており、戦国期女房もその系譜に属する。ならば近世武家社会の「奥」は、近現代における女性像はと、読者は本書によって日本史を考える多くの視点を得るはずだ。
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かんだ・ゆり 1970年生まれ。元京都造形芸術大非常勤講師。『伝奏と呼ばれた人々』『朝廷の戦国時代』など。