「変異ウイルスとの闘い」書評 出遅れた日本の対応厳しく検証
ISBN: 9784121026989
発売⽇: 2022/05/23
サイズ: 18cm/279p
「変異ウイルスとの闘い」 [著]黒木登志夫
コロナの流行が始まって数多くの「専門家」がメディアをにぎわした。対策への批判が前面に出てしまっている人、同じ感染症の専門家にどこか遠慮が感じられる人、自分の領域を越えてコメントしてしまっている人など様々である。
そのどれにも当てはまらないのが著者だ。医師で科学者であり、研究を評価する側でも要職を務め、国立大学を経営した経験も持つ。ノーベル賞学者の山中伸弥さんが運営するコロナ情報発信のサイトに折に触れて掲載されてきた著者の分析は、いつしか私にとって信頼できる貴重な情報源となった。
前作『新型コロナの科学』(中公新書)に続き、主に変異株出現以降の出来事を検証する。感染症が専門でないことを自覚しつつ人脈を生かしてジャーナリスト顔負けの取材も敢行する。とりわけワクチン開発をめぐっては洞察力が遺憾なく発揮されている。
ファイザーとモデルナという米国の二つの会社が短期間で製品化にこぎ着けた経緯は日本でもおよそ知られている。その成功の背景を「移民」や「多様性」という共通する要因で読み解き、完全に出遅れた日本とも対比させる。自らの経験を踏まえた「(日本では)新しい提案をしたとき、優秀な事務官ほど即座に『先生、それは無理です』と答え、できない理由を得意げに話す」という一文に愕然(がくぜん)とする。
官僚の「無謬(むびゅう)性神話」にも手厳しい。間違えるはずがないから検証する気もなく、「漫然と政策を進めている」と痛烈に批判する。対策を助言してきた専門家にも「未必の故意」という表現を使い、総じて厳しい評価だ(私には賛同しかねるところもあるが)。
折しも政府のコロナ対応を検証する「有識者会議」の報告書が公表された。参院選を前に急ぎ足でとりまとめられた内容は推して知るべしである。著者をメンバーに加えた追加の検証を求めたい。
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くろき・としお 1936年生まれ。日本癌学会会長や岐阜大学長を歴任。著書に『研究不正』など。