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戦争への感度、鈍っていた日本 歴史めぐる論文集5巻が完結、編集委員・石原俊さんに聞く

歴史社会学者で明治学院大学教授の石原俊さん

生き延びるのは「自己責任」、敗戦時も今も同じ

 「シリーズ戦争と社会」は軍隊と社会、総力戦や占領の実態、記憶と追悼などを扱う全5巻で構成される。戦時中の出来事だけでなく占領期や現代の「新しい戦争」までを視野に入れ、幅広い視点で戦争と社会の関係を問い直している。

 石原さんは「敗戦の前後に極限の形態を示した近代日本の基本構造は、21世紀の今も変わっていない」と指摘する。日本軍は兵站(へいたん)〈ロジスティクス〉をほとんど無視しており、戦争末期の東南アジアや太平洋の島々で兵たちは補給を絶たれ、いわば「自己責任」で生き延びることを余儀なくされた。「敗戦後の食糧不足や民間人の引き揚げも戦地の日本兵と同じ状況に置かれた。コロナ禍で検査やワクチン接種が滞り、経済活動が制限されるなど、弱い立場の人々が自己責任で生き延びることを強いられている現代においても、ある意味で同じようなことが起きている」

 戦争体験者の多くが世を去り、「戦争を知らない世代」が改めて戦争の記録を読み解く視点を磨かなければならなくなるとともに、21世紀の戦争は大きく変容している。「戦争は今なお世界各地で起きており、国家相手ではない『対テロ戦争』に加えて民間軍事会社が台頭し、無人兵器などの技術革新も進んでいるのに、日本ではむしろ戦争や軍事に対する感度が下がっていた」

 ただ、近年は吉田裕『日本軍兵士』(中公新書)や大木毅『独ソ戦』(岩波新書)など戦争がテーマのベストセラーも目立つ。「シリーズ戦争と社会」は、そうした幅広い読者の関心を念頭に、基本的な理論や重要な個別テーマを体系的かつ学際的に学べる構成をとったと石原さんは言う。「指導者から庶民に至るまで、軍事力の担い手が何を考えていたのか。その社会的背景に何があったのか。いかなる社会がいかなる戦争のあり方を生んだのか。ジェンダーや性暴力、冷戦や記憶・追悼の問題など、これまでの歴史学を中心としたアジア・太平洋戦争研究の蓄積を超える広がりを目指した」

沖縄や旧植民地に最前線担わせ、当事者意識なく

 では、石原さんのように戦争と社会の歴史を考える研究者の視点から、ロシア軍のウクライナ侵攻はどう見えるのか。

 「総力戦、冷戦の時代から『新しい戦争』へ、という一直線の流れではとらえにくい戦争が起きている。民間軍事組織や民兵、情報戦など『新しい戦争』の側面も見られる一方で、男性の総動員や数百万人規模で発生しているウクライナ国内外への難民・避難民などは第2次大戦を想起させる。現代の戦争であると同時に、あらゆる戦争の形式が渦を巻くように一気に表出した『近代戦史の博物館』だと言える」

 自衛隊の国連平和維持活動(PKO)への参加が決まったのは1992年。あれから30年になる。「戦後日本社会の基盤となった平和を願う価値観の広がりは軽視すべきではない。だが、そうしてもたらされた国内の平和とは裏腹に自衛隊派遣先のイラクや南スーダン、ロシアが紛争に関与したチェチェンやシリアで何が起きていたのかについて、私たちはあまりに無関心だった」

 石原さんは、核武装や非武装といった極論に流されないようにするためにも、戦争と社会の関係を考え直す必要があると考えている。

 「日米関係をもとにした戦後日本は、東西冷戦の最前線を沖縄の島々や朝鮮半島、台湾などの旧植民地に担わせてしまった。本土の人々の『もう戦後だ』という意識は、占領や冷戦、あるいは朝鮮戦争やベトナム戦争といった同時代の戦争に加担している現実を視野の外に追いやり、戦争の当事者意識を覆い隠した面がある」

 戦争をどう認識し、語るのか。今回のシリーズが戦争に対する感度を高める一歩になれば、と石原さんは願っている。(大内悟史)=朝日新聞2022年8月3日掲載