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「音大崩壊」書評 進学者減少が映す日本社会の姿

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月06日
音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ 著者:大内 孝夫 出版社:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784636978322
発売⽇: 2022/05/27
サイズ: 19cm/261p

音大はどこで道を間違えたのか。生き残るにはどうしたらよいか。音楽を教える意味、学ぶ意味は何か。数々のデータから音大の隠された危機を明らかにし、文化・芸術の存在感向上のため…

「音大崩壊」 [著]大内孝夫

 銀行出身のコンサルタントが音楽大学の現状を分析し、対応策を提案する。純然たるビジネス書なので、エピソードは豊富に並べられるものの、エビデンスは薄く、出版元の宣伝材料とみてしまうと中身の信憑(しんぴょう)性も疑わしくなる。実際、評者には理解しがたい論理展開もある。しかしそれでも、本書は紹介する価値がある。音大の苦境というテーマは、日本社会の姿を如実に映しているからだ。
 少子化のあおりを受けて大学進学者は毎年63万人程度で頭打ちだが、女子の数は増えている。ところが、本書冒頭で警告されているように、音大への女子進学者は減少の一途を辿(たど)り、名門といわれる首都圏私大でも定員割れを起こしているのは、意外に知られていないだろう。筆者は、所得の減少や女性の就業率の上昇によって、高価で、余暇と補完的だった音楽技能の相対的価値が低下したことが要因と示唆しているが、この説明は、スポーツや美術など諸芸にも当てはまる。音楽だけが苦境に立たされる理由の一端は、筆者によれば、現在の音大が、旧態然とした古典楽器中心の、音楽専門職の育成に特化していることにある。本書が紹介する対応策は、新しい領域や複合的なコースの開拓などが中心だ。結局、音楽教育の本来の役割は社会の礎たる教養の涵養(かんよう)にあるという考え方こそが、音大再興の鍵なのである。
 先の人文社会科学廃止騒動にみられるように、大学に専門的実学教育を要求する風潮は強くなっている。しかし評者にしてみれば、現在の音大の苦境は、結局のところ日本の大学の専門教育の失敗と結びつく。さらにいえば、本書が示す音大の未来像は、専門技能を備えた職業人を前提とするジョブ型雇用よりも、人びとの潜在的稼得能力こそを重視する日本的雇用慣行と親和的ですらある。音大の苦境と未来像を材料に、日本社会の専門職の育て方や使い方を考えてみるのはどうだろうか。
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おおうち・たかお 1960年生まれ。みずほ銀行などを経て名古屋芸術大教授。著書に『「音大卒」は武器になる』。