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【青森編】本州最北に息づく芸術家魂 文芸評論家・斎藤美奈子

現在は太宰治記念館「斜陽館」となっている生家=青森県五所川原市、全日本写真連盟・福澤孝博さん撮影

 縄文、ねぶた、太宰治!
 私が勝手に考えた、青森県が誇る文化財である。太宰の生家が残る旧金木町(かなぎまち)(五所川原市)を訪れると、よけいその思いを強くする。

 とはいえ〈汝(なんじ)を愛し、汝を憎む〉と自ら書いているように、太宰治自身は生まれ故郷に屈折した思いを抱いていた。『津軽』(1944年/角川文庫など)は戦争末期、3週間ほどかけて彼が津軽半島を旅した記録だ。蟹田、今別、三厩(みんまや)……。行く先々で彼は歓待されるが、故郷を語る言葉は時に高揚し、時に自虐の色を帯びる。太宰治にしか書けない規格外れの津軽ガイドブックである。

 「破滅型」と呼ばれた太宰だが、青森にはどうもハチャメチャな芸術家の系譜があるようだ。
 極めつきは太宰も私淑していた葛西善蔵だろう。鎌田慧『椎(しい)の若葉に光あれ』(1994年/岩波現代文庫)は葛西の人生と作品をたどった抜群におもしろい評伝文学である。借金の無心のために東京と郷里を行き来し、生活苦を創作欲に変えて破滅へ向かった私小説作家のダメっぷりは逆に見事というほかない。

 別の意味で破天荒だったのがこの人だ。長部日出雄『鬼が来た』(1979年/文春文庫)は、少年時代から〈スコ(志功)、絵コ描いて呉(け)ろじゃ〉と頼まれる人気者だった版画家の棟方志功が主役である。作者は太宰と棟方の共通点は道化を演じることだと述べている。
 畿内を中心とした歴史観からいえば、青森は敗軍の残党がたどり着いた最果ての地。そこで培われた自虐と反骨の精神が、この地独特の美意識を生んだ、のかもしれない。

 外から来た人の人生も波瀾(はらん)万丈である。高村薫『晴子情歌』(2002年/新潮文庫)は青森移住組の女性を描いた長編である。
 東京生まれのお嬢さんだった主人公の晴子は、母の死後、父の実家がある津軽の筒木坂、鰊(にしん)漁の基地がある北海道と移り住み、昭和11(1936)年、15歳で陸奥湾に面した野辺地の素封家の女中になった。奉公先の福澤家は実業で成功した県下有数の名家で、当主は代議士。やがて晴子は三男の淳三と結婚するが、その後も驚きの展開が!

 物語は息子の彰之にあてた晴子の手紙と、東大を出て遠洋漁業の船に乗った彰之の日常を行き来する形で進む。母も子も只者(ただもの)ではない。
 原田マハ『奇跡の人』(2014年/双葉社)の主人公はアメリカ帰りの女性である。岩倉使節団の一員として渡米した去場安(さりばあん)は、帰国後の明治20(1887)年、伊藤博文の仲介で弘前の男爵家の令嬢・介良(けら)れんの教育係を任された。1歳前に視覚と聴覚を失ったれんは当時6歳。座敷牢に幽閉されていた。

 じつはこれ、有名なヘレン・ケラー伝を青森に移植したフィクションなのだ。一見突飛(とっぴ)な設定ながら、どうしてどうして。旅芸人として津軽三味線を弾く盲目の少女キワとれんの出会いと別れなど、細部はリアルで、涙なしには読めませぬ。

 平成の若者たちはどうだろう。
 越谷オサム『いとみち』(2011年/新潮文庫)の主人公は女子高校生だ。板柳町の自宅から弘前の進学校に通う相馬いとは、人見知りを克服すべく青森市街のメイドカフェでバイト中。〈へば、簡単な基本の挨拶(あいさつ)から教えるはんで〉。けれど彼女はそれがいえない。〈おがえりなさいませ、ごスずん様〉
 店のピンチをいとが救うラストは津軽ガールの本領発揮。映画化もされたキュートな青春小説である。

 県南東部の三八(さんぱち)地域からも一編。木村友祐『海猫ツリーハウス』(2010年/集英社)の舞台は八戸である。「おれ」こと亮介は25歳。弘前の服飾専門学校を卒業前に辞めて八戸に戻り、年長の通称「親方」が営むツリーハウス(樹上の家)の工房を手伝っているが……。

 服飾デザイナーを夢見ながら、服も作らずウダウダしている亮介も、太宰じゃないが自虐的である。〈それだばダメだべな〉〈おらんどアーティストってのは、作品(さぐひん)だげが自分の存在ば証明するものなんで?〉と親方に叱咤(しった)された彼は、第一歩を踏み出すことができるのか!
 本州最北の地にいまも息づく芸術家魂。ちょっとまぶしい。=朝日新聞2022年9月3日掲載