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宮崎編 神々も逃亡者も包む神話の里 文芸評論家・斎藤美奈子

高千穂峡の真名井の滝(手前右)。天孫降臨の際、神が与えた水源に由来する滝と伝わる=2023年8月、宮崎県高千穂町

 宮崎県は『古事記』『日本書紀』の神話と切り離せない。ニニギノミコトが地上に降り立ったという天孫降臨の地は日向。建国神話、神武東征の出発の地も日向である。もっとも神話であるから謎も多い。

 さあ、小説の出番である!

 稲作に適さぬ痩せた土地と度重なる嵐に悩まされてきた日向。ニニギの曽孫、ヒコホホデミは3人の兄とともに東に向けて旅立った。

 吉川永青(ながはる)新風記』(2021年/講談社)は記紀の神武東征神話に取材した長編である。時は中国の漢代にあたる弥生時代。海路、めざすは話に聞きし豊葦原(とよあしはら)。が、それがどこにあるかも一行は知らない。大丈夫かホホデミ。君がナガスネヒコを破って神武天皇になるって本当か。英雄譚(たん)というより冒険譚として楽しみたい一大スペクタクルである。

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 戦前戦中の皇国史観教育は神話を歴史的事実として教えた。しかし今日、神話の解釈は多様である。

 天孫降臨の地には県北部の高千穂町説と県南部の高千穂峰説があり、長く論争の的になってきた。内田康夫高千穂伝説殺人事件』(1986年/角川文庫)はこの2説をめぐるシンポジウムを発端に事件が続発するミステリー。田中啓文(ひろふみ)水霊 ミズチ』(1998年/角川ホラー文庫)はイザナギ・イザナミ伝説に基づく伝奇ホラーで、県下某所の泉から湧く、飲んだ人を奇病におとしいれる水が悲劇に発展する。

 そんな数ある神話関連作の中でも戦慄(せんりつ)度マックスなのは、『古事記』と自然科学の知見を総動員したSF大作、石黒耀(あきら)死都日本』(2002年/講談社文庫)だろう。

 宮崎の国立日向大学で教鞭(きょうべん)をとる主人公の黒木は火山オタクで、『古事記』の挿話は火山活動から説明できると豪語する「火山神伝説」の提唱者だったが、ついに恐れていた日が来た。20XX年、霧島火山群が数十万年に1度の巨大噴火を起こしたのだ。大火砕流にのみ込まれる宮崎県、鹿児島県の各都市。黒木は、自治体は、そして政府は! 〈今回の災害は山河をも残さないだろう。三日もすれば南九州は草一本に至るまで死に絶える〉。それはまさに黄泉(よみ)の国。火山学に基づくリアルな描写が火山学者らにも激賞された、『日本沈没』もしのぐ衝撃作だ。

 神話や火山を離れ、人に視点を移すとまた別の顔が浮かび上がる。

 乃南アサしゃぼん玉』(2004年/新潮文庫)が描くのは「生き直す地」としての宮崎だ。

 主人公の翔人は23歳。ひったくりで現金を得る荒れた生活をしてきたが、ある日ヒッチハイクしたトラックの運転手に途中で放りだされる。そこは平家の落人伝説が残る、山深い椎葉村(しいばそん)だった。偶然助けた老女の家に居着いた翔人は、村の老人たちに世話を焼かれて、しだいに人間性を取り戻していくが……。

 平野啓一郎ある男』(2018年/文春文庫)も「生き直し」の物語である。舞台は古墳群で有名なS市(モデルは西都市?)。文具店を営むシングルマザーの里枝は林業の現場で働く谷口大祐と再婚。娘も生まれて家族4人、平穏な家庭を築いたが、3年9カ月後、夫が事故死。遺影を見た夫の兄の〈これは大祐じゃない〉という言葉で、はじめて夫が谷口大祐とは別人だったことを知る。すると夫は誰なのか?

 2作に共通するのは、偶然にせよ逃亡者を迎え入れる土地の大らかさである。逃げる先なら宮崎だな。なんとなくそう思わせる。

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 最後にちょっと爽快な一編を。絲山秋子逃亡くそたわけ』(2005年/講談社文庫)は若い男女が九州を縦断するロードノベルだ。

 福岡の精神科病院に入院中の花ちゃんは21歳。同じく入院中の「なごやん」を誘って病院を脱走した。なごやんが運転する古いルーチェで福岡から耶馬溪、別府、阿蘇経由で南へ向かう2人。内陸部の悪路をひたすら走り、椎葉村から小林を通って宮崎市に入るや、2人は歓声を上げる。〈「都会や」「ビルがあるぞ、ビルが!」〉〈「宮崎げな、田舎や思うとったと」「こんな興奮するとは思わなかったなあ」〉

 彼らもまた逃亡者である。その2人を迎える宮崎の街の輝き。神話の里の21世紀の顔である。=朝日新聞2025年4月5日掲載