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「くだらないものがわたしたちを救ってくれる」書評 ぼやいても科学への愛だだ漏れ

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月10日
くだらないものがわたしたちを救ってくれる 著者:キム ジュン 出版社:柏書房 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784760154616
発売⽇: 2022/07/12
サイズ: 19cm/173p

「くだらないものがわたしたちを救ってくれる」 [著]キム・ジュン

 子供のころから科学に魅せられ、博士号を取得。基礎科学に対して風当たりの強い韓国で科学者になった1990年生まれの遺伝子生物学者。何の因果で科学者を目指すことになったのかとぼやきながらも、科学への愛がだだ漏れである著者の、研究者への現在進行形の歩みが記されている。専門は遺伝子の進化。線虫を用いて研究を進める。
 著者がこよなく愛する線虫とは、長さ1ミリメートル程度の糸状の生物で、発生や遺伝子の進化の研究にモデル生物として使われる。遺伝子が突然変異を起こすと、遺伝情報が書き換えられる。それが生物の特徴や性質に違いを生み出すことがあり、生物に多様性を持たせる。ある遺伝子の変異は、生物にどのような変化をもたらすのか。それをモデル生物で明らかにするために、著者を含む大学院生や研究者たちが地道な作業を続けることになる。
 わたしもかつては大学院生だった。いつか研究を仕事にできるのだろうか、と思いながら日々過ごしていた。これは博士課程の大学院生が持つ世界共通のアンビバレントな感情だろう。
 海外の大学院の多くでは大学院生にも給料が出る。研究を毎日することで生活できる“ほぼ”科学者になれた純粋な喜び。他方、研究者としての10年後の将来は、誰にも保証されていない。その中で、30歳近くまで学生でいることは正しい選択なのか、という不安。多かれ少なかれ、その両極端を短いスパンで揺れ動くことになる。長く研究を続けようと思えば、研究能力だけでなく、少しでも明るい気持ちで日々の研究ができるように精神面でも自分を訓練するしかない。
 研究奴隷と自嘲しながらも、新たな研究にワクワクする。科学者への道のりを助けてくれたのは8割方マンガだ、と言い切るちょっと変わった主人公の青春記だ。ぜひ、自分がまだナニモノかわからない柔らかい心の読者に手に取っていただきたい。
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1990年生まれ。韓国の生物学者。ソウル大基礎科学研究院博士研究員。線虫の遺伝子進化を専攻。