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滝沢カレンの「倒産続きの彼女」の一歩先へ お手伝いの彼女のヒ・ミ・ツ

撮影:斎藤卓行

これは私が38年前、弁護士として働いていた頃の忘れられない出来事だった。
今でもたまに思い出す、彼女のことを。

時は1995年。
私は極腕弁護士として仕事は止まらなかった。

そんな私に、藁もをすがる思いで一件の依頼が入った。
会社の名前は、"ワカマキ商店"。
80年もの間、糸類を製造してきた老舗だ。

そんな安心安定の老舗店から思いもよらぬ依頼が届いたのだ。
「80年、一度も景気を悪くした覚えはないのに、この3年間、急な不景気にみまわれている。それも原因不明だ。調べてほしい」
そんな用件だった。

私は、まさかと思った。
ワカマキ商店といえば、日本で片指に入る貴重な老舗。
景気を悪くさせるほうが難しいくらいだ。
私は手つかずの仕事たちを後に、ワカマキ商店の謎を探るべく弁護士として調査することになった。

「初めまして。ご依頼受けました、負けん気法律相談所のタテヤマと申します。よろしくお願いします」
「ワカマキ商店取締役のユルタサトイと申します。この度はありがとうございます」

「ユルタさん、よろしくお願いします。早速ですが、会社のお金に関する全ての資料や商品の出入りが分かる資料を一式提出していただけますか?」
「はい。まとめて置いておきました」

「ちなみに、従業員さんは今何人いらっしゃるんですか?」
「今は、お恥ずかしいですが減って減って、8人です。正社員5人、バイトが2人。そしてお手伝いの人が1人です」

「なるほど。みなさん、ユルタさんとは面識がある方ですよね?」
「はい。今は全て代表から任され私が面接なども行なっています」

「失礼な質問ですが、じゃあ怪しい人はもちろんいらっしゃらないですよね」
「はい。みんなワカマキ商店の糸類に愛を持った人たちばかりですので。まさかそんな怪しい人はいないです」

「そうですよね。では、今回はこちらの資料を持ち帰らせていただき、色々調べてみます。またどんな動きか詳しく分析しましたら、話し合いをさせてください」
その日は大量の資料と共に、私はワカマキ商店を出た。

ワカマキ商店の建物は物凄く大きい。
この建物に、たったの8人で会社は回るのか? と私は新たな疑問すら生まれた。

きっとこの案件は簡単には終わらない。
私の頭にはそんな予感がしていた。

私は次の日会社に篭り、ひたすら資料を隅々まで読み込み、調べ上げた。
そんな調査は夜中までかかった。

というのも、何度も何度も読み直しても、数字が明らかにおかしい。
3年前とは比べものにならないくらい出費が増えている。
だから、老舗が何度も連絡してきた訳もわかる。

ただ不可解なのは、出費内容が全く糸を作る上では関係のない費用ばかりだった。
「なぜだろう」
出費の名目は何しろ曖昧で、支柱代、電球代、床材代などだ。

建物の老朽化がそんな急に始まるか?
いや、3年前までは10年に1回のペースで大規模修繕しているし、なんせこんな費用は今までちょこちょこ使われていなかった。

こんな訳のわからない出費が3年。
老舗店が危うくなるほど出費しているのだから驚きだ。

私は次の日、またワカマキ商店に出向いた。
「こんにちは。昨日は資料を隅々まで確認させていただきました」
日に日に、弱みの滲みでた取締役が腰を丸めてこちらを見ていた。
「ありがとうございました。いかがでしたか?」
細い声で私に問いてきた。

「気になるのは、やはり謎な出費です。糸製作に全く関係のない出費はなぜなんですかね?」
「僕は部下に聞くだけで、最初はあまり気にしていなかったんですが、最近はどこの何に使ったのかよく確認しているのですが……。それがまた不思議で不思議で。今日はそれを見ていただけますか?」
すごく黒目を左右に動かしながら不安そうなユルタさんを、なんだか私は「大丈夫」と抱きしめたくなった。

早速、ユルタさんが言う「不思議」を見せてもらうことにした。
ユルタさんに付いていくと、それはそれは広い建物だった。
奥に行っても奥に行っても、工場がずっと続いている。
こんなに広い工場に8人だなんて、間違いない不景気を教えてくれる。

「ここが、問題の部屋なんです」
そう言って、ユルタさんに通された部屋は、工場のだいぶ奥にひっそりと広がっている。
普通のバイトや新しく入った人には、絶対分からないような部屋だ。

だがその部屋に入った瞬間、私は異様な綺麗さに驚いた。
「え? なぜこの部屋だけ?」
私は言葉があまりに先に出てしまった。

絵:岡田千晶

その部屋はやけにピカピカで全部が真新しく見える。
壁も床も電気も柱も全てが新しい。

「この部屋が問題の部屋です。実はこれを見てください。3年前の写真です」
ユルタさんは私に3年前のこの部屋の写真を見せてきた。
その写真には、随分と違う風景が映し出されていた。
「そして、こちらが2年前。で、こちらが1年前。そしてこちらが、半年前です」

「え」
私は写真に目を掴まれた。

3年前の写真にはいかにもこの工場の繋がりにある部屋として相応しい、少し古びた、だけれど充分に使える部屋がある。
そして、2年前には急に柱が何本かない部屋が映し出され、1年前は、壁材、床材がなぜか剥がされた写真、それも修繕した記録もあるのに、半年前にはまた家具やドアなどが根こそぎなくなっている写真だ。

ユルタさん曰く、この3年で修繕回数はおよそ89回にのぼる。
それでは、どこの会社も経営困難になるわけだ。

ユルタさんは額にたくさんの汗を溜め込んでいた。
「これ、何かの動物が入り込んでいたりしませんか?」
「いや、それは考えにくいです。ここには鍵がないと入れないですし……」

「でもそうなると……やっぱり従業員さんにも協力していただく必要がありますね」
「は、はい。僕からは言い出しにくいので、タテヤマさんからご指示していただけませんか?」
「もちろんです。それが仕事ですので」

私は1人ずつ話を聞く時間をもうけた。
たしかにユルタさんの言うとおり、みんな疑いどころがないほどに信頼のある人々だ。
それぞれ、ワカマキ商店に熱い思いがあり、やる気もあり、言うことはない。
私の目に映る1人を除いて。

その女の名は、“カワコ”という。
その女は、苗字を教えてくれなかった。
随分と早口でいろんなことをフラットに話す。
明るさと暗やみがなんだかページをめくるたびに交互でやってくるようだ。
違和感を感じるようで感じさせない、巧みささえ感じてしまう。

カワコはお手伝いの身でありながら様々な位置を把握している。

「どうしてそんなにこの建物の仕組みを知っているのですか?」
カワコに聞くと、フッと歯を見せた笑いで話し始めた。
「そりゃ、だってここの取締役のユルタさんも代表のワトダさんも長い付き合いですからぁ。私には頼みやすいんですよ、全てが」

「でもカワコさん、確かあなたは3、4年前からこちらで働きだしましたよね? なぜそんな信頼されているのですか?」
カワコは少しの間一点を見つめていた。
「カワコさん?」

「あ、そうね。なんで信頼されてるかの理由は私には……」
そういうと急に貧乏ゆすりを始めた。

「カワコさん、ご家族は?」
「家族はいません。1人です」

さっきまで明るく早口で喋っていたカワコは、急にまた暗やみに入った。
私はなんだかこの女を放っておいてはいけない気がした。
だけどこの日はあまり引き止められず、カワコはそそくさと帰ってしまった。

私はまた後日、カワコと話がしたいからとユルタさんに伝えた。
数日後、ユルタさんから電話がかかってきた。

「はい。もしもし、負けん気法律事務所のタテヤマです」
「あ、お世話になっております。ワカマキ商店のユルタです」
「あ、ユルタさん。どうしました?」
「ここ3日間、カワコさんが無断で会社に来ておらず……。先程FAXが届きましてね、会社を辞めさせていただくと……」

何か頭の奥底の考えが的中した気分になった。
「すぐそちらに向かいます」
とにかく逃してはいけないという感覚になり、私は電話を切るなりワカマキ商店に急いだ。

商店の前には、私を待っていたようにユルタさんがいた。
「あ、ユルタさん。カワコさんの住所わかりますか?」
「もちろんです。僕も気になるので同行してよろしいでしょうか?」
「はい。じゃあ一緒に向かいましょう」

カワコの住所はあまり聞いたことのない地域だった。
「ここって……」
私が地図の読み方に迷っていると、「カワコさんが住んでいるのは結構日本の僻地なんです。どう通ってるのか誰も分からなくて」。
「とりあえず向かってみましょう」

結局、電車やバスを4、5回乗り継ぎようやく住所の場所に到達した。
そこには、隣に家などもなくただただ大きな家があった。
辺りは人もいなく、聞き込み調査すらできない。

「ここがカワコの家? うそでしょ。こんな大きな家……。地主さんかなにかなのかしら?」
「いや、そんな話聞いたことないです。まぁ、とはいえ、うちの商店で働き始めたのも一番浅い方でしたから、詳しい事情は何も分からなくて」
「あ、そうですか。とりあえずベルを鳴らしてみましょう」

私はカワコの家と思われる家のベルを鳴らしてみた。
静かに、ただ静かにチャイムが部屋中に鳴ったのが聞こえてくる。

そんな音を聞いて、ユルタさんが何かに気付いた。
「あ、このベル……うちの工場と同じだ。音も形も」
「え?」

私も改めて押したベルに目をやると、あまり見かけない形をしたベル。
たしかに自宅で使うには使いにくそうなベルだ。
音も、聞き馴染みがない。

私はその時、一粒の鳥肌が立ったような気分になった。
お構いなく、ドアを力ずくで開けた。

ガラガラガラガラッ

驚きの景色がドアとすれ違いにやってくる。
広い広い部屋の中には、ワカマキ商店で破損や老朽化でなくなったと思い込んでいた柱や壁、天井全ての家具や内装があった。

「ひぃッ」
思わぬ光景、あまりの奇行にユルタさんは腰を抜かして震え出した。

ここでは3年間、カワコがコツコツ全ての内装を自分の家づくりのために破壊し、移動していたのだ。
こんな異常な景色を私は今まで見たことがなかった。
部屋は一個の電球だけがカワコの異常さを表すように、チカチカとしていた。

それから、私はカワコに会うことも話すことも二度となかった。
調べた結果、カワコは様々な職を転々とし、そこで信頼を得ては内装や壁、床など全てを着々と自分の家づくりのために盗んでいた。
もちろん自分の家と言っても、無許可の空き地に。

一体どうやってこんなに運べたのか。
一体なぜそんなことをしているのか。

カワコへの疑問は時が過ぎて行くたびに増えていく。
そしてカワコが消えて半年後に、ワカマキ商店は倒産した。
今日もどこかでカワコがあなたの会社を倒産に導いているのかもしれない。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 弁護士の美馬玉子と剣持麗子は、経営が悪化したアパレル会社から弁護士事務所に送られてきた不可思議な内部通報を調べることになります。「倒産続きの同僚」という件名で、「経理部の近藤まりあが転職するたびに、会社が潰れる」「彼女が不正行為をして、潰して回っているんじゃないですか」という内容。彼女がこれまで勤めてきた3社は確かに、倒産や民事再生などになっているーー。二人が調査を開始すると、次々に事件が起こり、謎が深まっていきます。

 『元彼の遺言状』で2021年にデビューした新川帆立さんは、元弁護士・元プロ雀士という異色の経歴の持ち主です。剣持麗子をはじめとしたキャラの立った登場人物が、弁護士経験に裏打ちされた物語を動かしていきます。カレンさんの作品は、タイトルの具体的な要素から妄想をふくらませ、不条理的なファンタジーに着地していました。