滝沢カレンの「ウホッホ探検隊」の一歩先へ オランウータンの森に伝わる「太郎次郎伝説」とは

これは僕のひいお婆さんが体験したちょっぴり不思議な体験物語。
太郎と次郎は仲良し兄弟として、
巷じゃ有名だった。
家族仲もよく、土日になればお決まり笑顔でどこかに出掛けていた一家。
近所からも、「ほんと杉山さん一家は仲がいいわね〜」と噂をもらうほど。
そんな笑顔爛漫な杉山家にもある日突然、
谷はやってくる。
お母さんの登紀子から呼ばれた、太郎と次郎。
また週末の旅先計画かと思いふざけ合いながら呑気に部屋へ向かうと、お母さんは寂しそうな表情を浮かべていた。
「どうしたの、母さん」
太郎が不安そうに聞いた。
「実はね、母さんと父さんはこれから別々に暮らすことになったんだよ。一緒のおうちにはいなくなるの。だから、太郎は父さんと。次郎は母さんと住もうね・・・」
お母さんの目は赤く潤っていた。
顔にも力を込めているような具合だ。
「え?僕、次郎と母さんとは一緒にいれないの?」
まだ5歳の太郎には理解ができずあまりに寂しい気持ちが襲った。
「父さんと力を合わせて生きて行きなさい。」
お母さんはそれ以上説明しなかった。
次郎の荷物の準備をしてくる、とだけいうと奥の部屋へと行ってしまった。
次郎はまだ4歳。
訳もわからず兄である太郎を見つめていた。
「にいちゃん、どうしたの?」
「次郎。大丈夫だよ。」
「僕、にいちゃんとずっと一緒だよね?」
雰囲気で凍る空気に気付いたのか、
寂しそうに次郎は、太郎の服を優しく引っ張った。
「うん。ずっと一緒だよ。次郎を一人にはしないからね、にいちゃん。」
と、次郎の手をぎゅっと握りしめた。
その夜、このままでは兄弟を引き離されてしまうと勘付いた太郎は作戦を考えた。
そして太郎は「これでいこう!」と自信満々に作戦に覚悟を決めた。
深夜2時。
家族全員が寝たことを確認した太郎は、
隣のベッドで眠る次郎を小声で起こした。
「おい!次郎!いくよ!今からにいちゃんと冒険だ!」
次郎眠そうな目をこすりながら、
「え?ぼうけん?」
とワクワクした声質に変わっていく。
「そうだよ!ほら、でかけよう。」
太郎は次郎の手を取り、勢いよく家を出た。
あたりは暗くて静かな世界の真っ最中。
次郎は星だけが味方のこの暗闇にワクワクがさらに上乗せされていく。
太郎はリュックをぱんぱんにして、お茶を水筒に入れ準備は万端だった。
二人にとっての、大冒険の始まりだった。
4歳と5歳の夜中は、宇宙にいるかのように広く感じた。
でも怖いというより、ワクワクが勝つ世界。
二人は手を繋ぎながら、
道がある限り走ってゆく。
ただ街の方に出れば、すぐ警察やら大人の人に見つかって家に帰されてしまうと思い、
街とは真逆の山が連なる方に進んだ。
二人は太陽が出るまでひたすら山に向かって歩いたので、日が昇る頃にはひとつの山のふもとについた。
「ほら、次郎。この山で僕たちは冒険家になるんだ!山なら食べられるものもあるし、ふたりで時間も気にしないでたくさん遊べるよ!」
太郎は邪魔者のいない山で暮らすことを作戦していた。
「すごいな、にいちゃん!ここなら二人でたくさん遊べるし、秘密基地も作れるね!やったあ!」
太郎も次郎も、この山が険しくは映し出されていなかった。
ただただ、ずっと遊べる夢の遊園地として映っているようだ。
二人は、山の中へとなんの怖がりも見せずに入っていった。
生憎この山は、あまり登山としては使われておらず山道もままならないただ大自然が突き上げたありのままの姿だった。
二人は何度も滑りながら、
それでも軽い体重と体力無限だけが取り柄の子供だけに登っていくことができた。
「にいちゃん、ちょっと休憩しよう。僕足が痛くなってきたよ」
次郎が足裏の疲れをついに感じてしまい座り込んでしまった。
「そうだな、一旦休憩しよう。ほらお茶も飲んでいいよ」
太郎は次郎にお茶を飲ませたり、家から持ってきたお菓子を食べさせた。
「にいちゃん。なんか少し寂しいね。母さんに会いたくなっちゃわないかな。」
「何言ってるんだ!次郎。もうこれからは二人で生きていくんだ!にいちゃんがいるんだから何にも寂しくないだろ!」
次郎は夕方になるにつれ、あっけなく家族が恋しくなってきた。
太郎は帰っても、結局お父さんとお母さんはバラバラになり次郎と一緒にいれないことを分かっていたため、意地でも帰りたいなんて選択肢はなかった。
なんとか次郎を励まして、太郎は今夜の寝床を作った。
大量の枯葉や葉っぱで土台を作り、持ってきていた次郎のまくらとブランケットで包んであげた。
「にいちゃん。この山怖くないよね?」
「怖い訳ないだろ。にいちゃんが横にいるんだから」
太郎は5歳とは思えないほど、精神的にこの数時間で成長していた。
そして二人は歩き疲れ、7時頃には深い眠りに入ってしまった。
「ウッホ、ウホウホ」
「ウホウホ!」
「ホー?」
その朝、太郎は耳馴染みのない声に朝を迎えた。
うっすらくっついていた瞼をあけると、
そこには身体が凍りつくような衝撃景色が広がっていた。
太郎と次郎を囲むように大勢のオランウータンがいるのだ。
「うわぁぁぁ!」
太郎は思わず360度景色がオランウータンなことに心底驚いた。
その声を目覚ましに、次郎もゆっくりと瞼を開けた。
「ぎゃあああ!」
次郎は泣いて太郎にしがみついた。
二人ともこれでもうきっと終わりだ。
という恐怖心に初めて襲われた。
だが次の瞬間、一匹のオランウータンが
太郎と次郎の頭をゆっくり優しくさすって泣き止まそうとしてきた。
ウホウホ言いながらも温かくまるで母親役にでもなってくれているように。
太郎も次郎もピタッと不思議な程涙や震えが止まった。
「にいちゃん・・・このおさるさんたちは味方?」
涙声で、次郎が聞いてきた。
「きっと、そうだよ、次郎。助けに来てくれたのかもね。」
二人とも涙で目を真っ赤にしたまま強い生命力を感じていた。
そのまま頭をさすってくれたオランウータンはゆっくり二人の間に座ると涙を指で拭いてくれた。
そして肩をさすり、「寒くないか?」と聞かれているかのように温めてくれた。
太郎も次郎も次第に、固まっていた身体は緩んでいき、このオランウータンたちは敵じゃないと信じていった。
オランウータン軍団は、太郎と次郎を手招きしながら、山のどこかへ誘導を始める。
「にいちゃん、おさるさんたちについていって大丈夫かな?僕たち痛いことされないかな?」
「きっと大丈夫。優しいおさるさんだよ。」
太郎と次郎は固く手を繋ぎ、オランウータン軍団について行く。
オランウータン軍団が振り返り、手を広げた。
そこには、オランウータンの村が広がっていた。
ふかふかそうな葉っぱでできた寝床があちこちにあり、そこにはしっかりとした屋根付きの小さな小屋になっている。
木の実や、バナナなどが真ん中地点にスーパーのように大量に並べられている。
頭をさすってくれたオランウータンが、次郎と太郎の手を引っ張り、真ん中地点に連れてきてくれた。
「ウッホ」
というと、バナナを1本ずつ太郎と次郎に渡し、食べるように促した。
二人は案の定腹ペコだったため、
春の魚のように勢いよく食べた。
オランウータンは優しく笑っているような表情を浮かべた。
そうして、太郎と次郎はこの不思議なオランウータン村で生活をすることになった。
太郎と次郎は、通じない日本語と身体でどうにか自分達の"今"をオランウータンたちに伝えた。
「僕たちのお母さん、お父さんは、離れて暮らすといいはじめたんだ!だから次郎と二人で暮らすって僕は約束したの!」
ジェスチャーと共にお届けしながら一生懸命にオランウータンに伝えた。
オランウータンたちは、頷きながら優しい目や時に険しい顔で続きが気になったり、我が子を見るように不安な顔をしたりして太郎の話を聞いていた。
そしてそこから、オランウータンが親代わりになりいろんな景色を見せてくれながら、太郎と次郎はスクスク生活した。
一番最初に手を差し伸べてくれたオランウータンは本当にお母さんのように太郎と次郎を守ってくれた。
それから15年後。
太郎と次郎は、木登りが得意になったり、ぶら下がり能力に磨きがかかり山の生活もお手のもんになっていった。
太郎は20歳、次郎は19歳になった。
そんな時、別れは突然やってきた。
母親代わりで15年間育ててくれていた、オランウータンがこの世を去った。
正真正銘の老衰だった。
最後の最後まで太郎と次郎を愛し、最後まで言葉は通じなかったが心は通じ合っていた。
太郎と次郎は母親オランウータンの死をきっかけに、オランウータン村を出る決意をした。
「次郎。オランウータン村を出てまた俺たちは人間の世界で生きてみよう。もう一回。」
「そうだね。たくさんもらったお母さんの愛を背負って、逞しくまた二人で生きていかなきゃね」
またふたりは固い握手をした。
そしてオランウータン軍団に悲しみ溢れる挨拶を5時間ほどして、太郎と次郎は山を下っていった。
オランウータン軍団に見守られながら・・・
このお話は母親オランウータンの8歳下の弟がオランウータン村に残したいと記し、歴史書に刻まれた。
オランウータン軍団はその後も太郎と次郎の情報を待ったが、やはりオランウータン界と人間界の情報は絶えてしまっていた。
噂によると、太郎はオランウータン村で鍛えた握力を利用して、重機要らずの素手専門解体業者の社長になり、次郎はぶら下がり能力を認められ、上空専門のパフォーマーとして日々気球や飛行機にぶら下がり人々を魅了しているらしい。
ちょっと不思議なオランウータンと人間の共同生活だったようだ。
離婚で母子3人の生活が始まった友江と太郎・次郎。友江の視点で、努めて明るく振る舞いながらも動揺を隠せない小学生の息子2人や、家族を離れた元夫とのぎこちない関係、そこに連なる自身の生い立ちが描き出されていきます。「僕たちは探検隊みたいだね。離婚ていう、日本ではまだ未知の領域を探検するために、それぞれの役をしているの」といった太郎の言葉や、ゲームセンター、映画「E.T.」、コロコロコミックといった1980年代の青少年文化がみずみずしく表現されています。
干刈あがたさんの自伝的小説ともいえるこの作品は芥川賞候補になり、1986年には映画化もされました。1992年に49歳の若さで死去するまで、やはり芥川賞候補になった「ゆっくり東京マラソン」や、朝日新聞に連載された「黄色い髪」など、旧来の家族観から逃れ、自立した新たな生き方を模索する女性を描いた小説を多く残しました。
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連載「滝沢カレンの物語の一歩先へ」は今回で終わります。6年半の長きにわたるご愛読、ありがとうございました。