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ロックばかり聴いていた宇野碧さんに「No」と言うことを教えた「JUST SAY FUCK NO」

©GettyImages

 大学生になって初めてバイトをしたコンビニの店長は、パワハラ店長だった。

 初日に「おい!」と呼びつけられてバックヤードに行くと、「なんだそのとろい歩き方は、ゾウみたいな歩き方しやがって」と初対面で怒鳴られた。

 バナナマンの日村氏から人間味を奪った感じの見た目をしていて、髪を9:1の割合で分けていたのだが、9の方の分量が多いせいでいつも9:1の9の方に顔が傾いていた。
 店にいない時も監視カメラで様子を見ていて、「おい、さっきの『いらっしゃいませ』の声が小さかったぞ」と電話がかかってきたりした。

 早々に辞めることにしたのだが、最初で最後のお給料がなぜか5000円少ない。
 店長に電話して訊くと、「ヤクザからお弁当が温められてなかったから弁償しろと言われて5000円払った。お前が入っていた日でお前のミスに違いないから、給料から引いた」と言われた。

 納得いくわけがない。闘志を燃やした私は、市内の労働相談センターに赴いた。
 話を聞いて一緒に怒った友達がついてきてくれて、まるで見てきたように9:1店長がいかにひどいかという話を職員にしてくれた。
 コンビニの本部にも電話をして、9:1店長の言動を話した上、辞めた店に赴いて5000円を返すよう要求した。

 9:1は激怒していた。
 バックヤードで、副店長と共に私を囲み「お前のせいで本部からも相談センターからも連絡が来た。ふざけるなコラ。誰が返すか」とすごんできた。
 その時も、9の方に傾いていた(考えてみれば、ヤンキーマンガで因縁をつけているキャラはいつも顔が傾いている。なぜだろう)。
 私も引き下がらず「返すまで帰らない」と言い張った。
 別に5000円が惜しかったわけじゃない。いや、ゆうちょのATMで最後に残った数百円を下ろすほど貧乏だった大学1年生にとって5000円は大金だが、取り返したかったのはお金だけじゃない。理不尽に屈したくなかったのだ。

 私の行動の背景には、あの頃どっぷりはまっていたロックが流れていた。

 Just say fuck no! < 断固としてノーと言え>

 THE MODSのこのフレーズに打ち抜かれた高校生の頃、私はロックばかり聴いていた。
 ものすごくラフな言い方をすれば、ロックが歌っていることの65%くらいはNOとrun awayだというのがその頃の体感だった。

 その中でも、「JUST SAY FUCK NO」はそのものずばりのど真ん中の歌だった。

 理不尽に自分を抑えつけるシステムにはNOと言えばいい。
 そこがいるべき場所じゃないなら、抜け出せばいい。

 衝動的なギターサウンドと共に、そんなマインドが10代の体内にインストールされた。
 その後20代でNOとrun awayを実行してきた結果、お金も社会的地位も得ていない。が、幸福度は高かった。

 嫌だというなんて子供だとか、反対するなら代替案を出してから言えとか、そんなことはとりあえずどうでもいい。
 NOは純粋にNOなのだ。
 口に出すことすら萎縮してしまったら、そのうちに麻痺してNOと言うべき状況も判別できなくなったり、自分自身にNOを突きつけるようになってしまったり、NOと言うのも命がけになる社会になったりしかねない。
 体内からNOが湧き上がった時は、それを無視してはいけない。

 ど真ん中のロックを聴く体力と必要性がなくなって、ライブで2時間飛び跳ねたら翌日寝込むことが確実であろう今でも、そう思っている。

 バックヤードで断固として粘った結果、私は9:1から5000円を取り戻した。
 あの時の自分、ロックやったわー、ええわぁと満足していたのだが、今思い返すともっとロックだったのは、自分の5000円でもないのに取り戻そうと一緒に戦ってくれた友達である。
 数年会わないでいるうちに携帯電話が変わり連絡先も分からなくなり、もう会うこともない友達のひとりになってしまったのだけど、たまちゃんあの時はありがとう。