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谷津矢車が薦める経営をモチーフにした歴史時代小説3点 「大名倒産」は浅田次郎の円熟の一作

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『落花狼藉(らっかろうぜき)』 朝井まかて著 双葉文庫 836円
  2. 『大名倒産』(上・下) 浅田次郎著 文春文庫 各858円
  3. 『商う狼(おおかみ) 江戸商人 杉本茂十郎』 永井紗耶子著 新潮文庫 781円

 今回は「経営をモチーフにした歴史時代小説」をテーマに選出。
 江戸時代初期、江戸の色町元吉原(後に新吉原に移転)を作り上げた庄司甚右衛門の営む「西田屋」の女将(おかみ)、花仍(かよ)を主人公に置いた(1)は、女性の一代記であり、勃興期の江戸で生き残りを図ろうと力を尽くす経営者の物語でもある。花仍の喜びと悲しみ、経営者としての成功と蹉跌(さてつ)が柔らかく力強い筆致で丹念に拾い上げられ、吉原の顔役であり、人の親でもある複雑な女の肖像を読者の眼前で織り上げていく。充実の一作。

 江戸時代後期、突如として丹生山(にぶやま)松平家家督を相続することになった小四郎が、同家が借財で破綻(はたん)寸前になっていることに気づくところに端を発する(2)は、読み進めるうちに逃げ切り世代と責任世代の対照まで浮かび上がる、現代の日本社会をも鏡映しにしたエンターテインメント時代小説。主人公小四郎の至誠を絵に描いたような人物像が胸を打つ。経営に必要なものとは何か。そんなビジネスパーソン永遠の疑問にユーモアたっぷりの筆で応えてくれる円熟の一作。

 江戸後期、「毛充狼(もうじゅうろう)」と渾名(あだな)された辣腕(らつわん)の江戸商人、杉本茂十郎を主人公にした(3)は、制度疲労を起こし硬直化し始めていた江戸の商いの場に新風をもたらす革命児の姿をダークヒーロー風に描き出す。茂十郎の行(おこ)ないは江戸、ひいては、日本の商いを変えていくに至る。やがては政までも敵に回すに至った商いの権化は何を成したのか。哀感と仄(ほの)かな救いが胸を衝(つ)く、新風の一作。=朝日新聞=2022年10月15日掲載