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著作権めぐるスパイ小説の傑作「ラブカは静かに弓を持つ」 吉田大助が薦める文庫この新刊!

  1. 『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇(あだん)美緒著 集英社文庫 902円
  2. 『化物園(ばけものえん)』 恒川光太郎著 中公文庫 990円
  3. 『ゴリラ裁判の日』 須藤古都離(ことり)著 講談社文庫 891円

 (1)は音楽の著作権を管理する団体に勤める青年・橘樹(たちばな・いつき)が、身分を偽り大手音楽教室に潜入するスパイ小説。生徒としてレッスンを受けながら、演奏権侵害の証拠を集めよ――。後ろ暗い任務を課せられた主人公に、暗黒の世界で暮らす深海ザメ・ラブカのイメージを重ねている点が秀逸だ。その比喩が効いているからこそ、教室で出会ったチェロの講師や同好の士との繫(つな)がりが、孤独に生きてきた彼の人生を明るく照らし始めた瞬間のまばゆさが増す。終盤で登場する「この世は何が起こるかわからない」の一節には痺(しび)れた。たとえ絆が途切れたとしても、強い思いさえあれば結び直すことができるのだ。

 ホラーと幻想小説が融合した(2)は、“人でなし”をさまざまな動物のメタファーで描き出した短編集。最終第七編「音楽の子供たち」では、なぜ人類はいまだ地球外生命体と出会っていないのか、という問いに答える著名な仮説を題材とする。それは、動物絡みの仮説だ。異形の動物たちが跋扈(ばっこ)する、本書のラストを飾るのにふさわしい一編といえる。

 (3)は人語を理解し手話で流暢(りゅうちょう)に喋(しゃべ)る、ゴリラのローズを一人称の語り手に据える。カメルーンのジャングルからアメリカの動物園へ引っ越した彼女は、オマリという伴侶を得た。が、彼は人間の子供の命を守るため射殺されてしまう。そこでローズは動物園相手に裁判を起こし……。

 人間とは何か? いつの時代も動物たちの存在は、人間という生き物の弱さと不思議さを浮き彫りにしてくれるのだ。=朝日新聞2025年5月31日掲載