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綿矢りさ「嫌いなら呼ぶなよ」 人間の闇、コワイが痛快に

 水玉模様のカバーに躍る「嫌いなら呼ぶなよ」という言葉が不穏なイライラ感を放っている。作品に共通するのは一つの価値観のもとに徒党を組んで個人を攻撃する人間関係の息苦しさと、それへの反発だ。

 美容整形した顔を会社の仲間に「いじられてる」女(「眼帯のミニーマウス」)、素人ユーチューバー神田への応援コメントが過熱していく飲食店バイトの女(「神田タ」)、不倫を察知されて妻の親友宅のパーティーで吊(つる)し上げられる男(「嫌いなら呼ぶなよ」)。周囲の圧で心身が萎縮し、妄想が拡大していくさまが、内側から外の世界を観察するようなモノローグの文体で語られる。

 舞台はコロナ蔓延(まんえん)期。不安と恐怖にかられた人々はこれまでになく心の貧しさをさらしている。三人の行動がふつうでないとしても、美容整形した顔を本人の前で話題にしたり、SNSの視聴者を増やすことばかりに夢中になったり、夫婦間の問題を集団でやり玉に挙げたりする方も歪(ゆが)んではいないか。

 でもそうした人間社会の闇を批判するのは評論のすること。小説家はそのような書き方はしない。「眼帯のミニーマウス」の主人公の「自分の立場や権利を正論で勝ち取るぐらいなら、ぼろくそ言われてる方がましなのだ」というプライドこそ著者の本音だし、本書の核心だ。

 最後の一篇(ぺん)「老(ロウ)は害(ガイ)で若(ジャク)も輩(ヤカラ)」は前の三作を包む包装紙として見事に機能している。一人を標的としたイジメではなく、女性作家、女性ライター、男性編集者がこぞって被害意識に燃え、メールでバトルを展開する。しかも作家名は「綿矢」と実名だ。「もしかしたらコロナ禍という特殊な状況が色んな人の頭の磁場を狂わせているのかもしれない」という男性編集者のつぶやきが効いている。

 どの話もコワイが、読後感は愉快で痛快、笑いを誘う。他者を理解しようとする著者の観察眼と、批評の矛先を自分にも向ける冷静さの賜物(たまもの)だろう。=朝日新聞2022年10月22日掲載

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 河出書房新社・1540円=3刷2万3千部。7月刊。担当者は「今までの綿矢りさと違う、という書店員の口コミで刊行前から話題に。久々に綿矢作品を読む方が多かったのでは」。