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「格差の起源」書評 成長と停滞 一つの理論で説明

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
格差の起源 なぜ人類は繁栄し、不平等が生まれたのか 著者: 出版社:NHK出版 ジャンル:経済

ISBN: 9784140819111
発売⽇: 2022/09/28
サイズ: 20cm/333p

「格差の起源」 [著]オデッド・ガロー

 現在の私たちの経済的繁栄は、精いっぱい背伸びしてもたかだか二百年前に始まったにすぎず、三十万年ともいわれる人類の歴史からみるとほんの一瞬に過ぎない。産業化とともに生まれた社会科学は、この一瞬を説明しようとしてきたが、近年、人類の発展全体を眺望するグループが現れた。本書を著したガローもその一員である。
 ガローの議論の特徴は、一瞬の産業化の時代を理解するのに、逆に、人類がなぜ99%以上の期間にわたり停滞したかを問うた点だ。停滞の時代と成長の時代を別々に説明するのは比較的容易だが、ひとつの理論で両者を同時に説明するのは意外に難しい。ガローは、停滞の主要因をいわゆる「マルサスの罠(わな)」(技術革新が起こるとなぜか人口が増え、1人あたりに直すと成長しないという状況)に求め、ある変曲点を通過するとこの罠から脱出できるという枠組みを考えた。
 変曲点の位置やその後の成長率を決めるのは制度や文化などだが、究極的な要因として地理的環境にも注目する。たとえば、人類の発祥はアフリカ大陸という一地点にあり、長い期間かけて集団が分裂・移動して地球全土に広がった結果、原点から遠い地域ほど、ある特徴をもった集団に純化していったことなどである。これらの要因ゆえに、今日の経済的繁栄を十分享受できる地域・集団と、いまだその恩恵にあずかれない地域・集団ができ、不平等が生まれると説明する(したがって、「格差」という訳語で想起される正規・非正規の差などとは異なる点には注意が必要だ)。
 ガローのような超長期にわたる歴史の思惟(しい)は、一昔前に「文明論」などという形で流行したが、実証的根拠が薄い物語の域を出なかった。対して、自然科学の成果も取り入れ、超長期のデータを大胆に構築したところに、現代経済学の進歩がある。いまだに文系理系にこだわる日本にあっては、羨(うらや)ましくなる好著だ。
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Oded Galor 1953年生まれ。米ブラウン大教授(経済学)。イスラエル系米国人。「経済成長ジャーナル」編集長。