「数奇な航海」書評 擬人化された船が語る再生への顚末
評者: 保阪正康
/ 朝⽇新聞掲載:2022年11月05日
数奇な航海 私は第五福龍丸
著者:川井 龍介
出版社:旬報社
ジャンル:社会・時事
ISBN: 9784845117727
発売⽇: 2022/08/10
サイズ: 19cm/186p
「数奇な航海」 [著]川井龍介
一隻の漁船が辿(たど)った道を擬人化し、戦後の反核運動の素顔を描いた書。第五福龍丸(ふくりゅうまる)は、ビキニ環礁での操業中にアメリカの核実験の灰を浴びた。1954年3月のことだ。母港の静岡県焼津に戻ったが、23人の乗員は「原爆病」の症状を示し、9月には無線長の久保山愛吉さんが亡くなった。
疫病神と言われた第五福龍丸だが、その後も「数奇」な運命を歩む。核廃絶の象徴として残そうとの動きが広がる。沈めたほうがいいとの声も上がる。しかし放射能の危険性はないということで、東京水産大学(現・東京海洋大学)の練習船となった。名称も、はやぶさ丸と変わった。老朽化して67年に廃船と決まる。買い取った業者にエンジンが取りはずされ、所有者が代わり、一時は東京・夢の島でゴミ扱いされていた。
それが保存運動により、「第五福竜丸展示館」として76年に再生する顛末(てんまつ)が、詳しく語られる。著者の確かな分析で、本書自体が反核遺産の象徴になっている。