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長谷敏司さん「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」 AI義足とロボットのダンスが問う「人間性とは」

長谷敏司さん

 AI(人工知能)とロボットによるダンスで、観客に人間性を伝えることはできるのか。人間性とはいったい何なのか――。作家、長谷敏司(さとし)さんの『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)は、そうした問いに正面から向き合うSF長編だ。2050年代の未来を舞台に、誰も見たことがないダンスの可能性を突き詰める。その先に見えたのは、生身の肉体と人生の重さだった。

 物語は、コンテンポラリーダンスの気鋭として活躍が期待されていた主人公の護堂恒明(ごどうつねあき)が交通事故で右足を失い、絶望するところから始まる。彼は友人の提案でAI制御の義足を身につけ、ロボットと人間が共演する新たなダンスカンパニーの旗揚げに加わることで再起をはかろうとするが――。

 執筆のきっかけは、16年に実際にあったダンス公演だった。「大橋可也(かくや)&ダンサーズ」とのコラボレーション企画で舞台にあわせて小説を書いたが、「どうしても練れていなかった。大橋さんの舞台の方が断然よかったし、SFのビジョンとして圧倒的に刺激的だった」と話す。

 それから6年の歳月を費やし、完成させたのが本作だ。「ダンスをどうやって言語化するかと考えたときに、振り付けをそのまま書いても表現としてのダンスよりショボくなるのはわかっていた」。言葉にならない踊りを言葉で定義し直すため、「自分なりに、ダンスそのものを解体するしかなかった」と語る。

 物語を通して、踊りやジェスチャーといった言語以前に人間性を伝えていたプロトコル(手続き)を追究してゆく。振り返れば、自身初の本格SF長編『あなたのための物語』(09年)にも、感情や思考を言葉にする前に相手に伝える技術が出てきた。言語以前への一貫した関心は、どこから来るのだろうか。

 「僕は01年にデビューしたんですけれど、同じ年に母親を交通事故で亡くしていまして」。病院に駆けつけたときには、すでに脳死状態だった。医師に声をかけるよう言われたが、「何を言えばいいんだ?と。それが作家としての原体験としてあります。言語に対して全幅の信頼を寄せることができない、という」。

 未来を舞台にAIやロボットといった先端技術を扱いながら、長谷作品はいつも、そうした世界で生身の人間がどうなるのかを問い続けてきた。家族の介護を描いた小説でもある本作ではいちだんと、肉体や人生の重みが浮き彫りになる。

 「僕は人間には尊厳があってほしい。どんな未来になったとしても、そこにいる人間には尊厳を持って人生を送っていてほしい」

 それは小説家としてのゆずれない一線であるとともに、長年にわたり向き合ってきた人間性とは何か、という問いへの現時点での答えでもあるという。

 「目の前にいる人間の、いまの姿をきちんと見て、向き合うことかなと思います。どういう姿を見せているのであれ、その姿ときちんと正面から向き合うということ。おそらくそれは、僕にとって尊厳というものの原点にあるものなのではないかなと思います」(山崎聡)=朝日新聞2022年12月7日掲載