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アメリカ留学の孤独や偏見を乗り越えていく青春小説「サード・キッチン」 新井見枝香が薦める文庫この新刊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『サード・キッチン』 白尾悠(はるか)著 河出文庫 990円
  2. 『完全犯罪の恋』 田中慎弥著 講談社文庫 649円
  3. 『逃亡者』 中村文則著 幻冬舎文庫 957円

 (1)母子家庭の尚美がアメリカの大学に留学できたのは、会ったこともない〈足長おばあさん〉の経済的援助があったからだ。彼女に綴(つづ)る手紙には、楽しくキャンパスライフを送る、現実とはほど遠い自分がいた。英語に苦手意識を抱き始めた尚美が、特別な学生食堂「サード・キッチン」で、様々なマイノリティーの仲間たちと出会い、自分の中の偏見や差別意識に気付いたことで、心のままを相手に伝えたい、と口を開く。言葉はそのためのツールなのだ。

 (2)新宿のデパートの6階、トイレの横にある休憩スペースの椅子で、40代後半の作家・田中は、娘と言ってもおかしくないほど年下の女・静と出会う。彼女の母・緑が語らない過去を辿(たど)り、高校時代を共にした田中に話を聞きに来たのだ。川端康成を愛した田中と、三島由紀夫を緑に教えた、ひとつ先輩の男の間で、緑の心はどちらにあったのか。30年の時を経て、何も変わらない完全犯罪が静かに完成されていく。人を導き、惑わせるという文学の両面は、恋も同じだ。

 (3)銃とトランペットを持った日本人のフリージャーナリスト・山峰が、1週間後、生きている確率はたったの4%。ドイツの古いアパートの一室で、得体(えたい)の知れない男にそう宣告された瞬間から、彼は逃亡者となる。なぜそのトランペットは「悪魔の楽器」と呼ばれ、人々を狂わせてきたのか。現実とリンクする目を背けたい真実に屈せず、知りたい欲望で壮大な物語を読み終えた時、作者の術中にまんまと填(は)まったことを知る。=朝日新聞2022年12月17日掲載