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「仁明天皇」書評 平安時代イメージの再検討迫る

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月14日
仁明天皇 (人物叢書 新装版) 著者:遠藤 慶太 出版社:吉川弘文館 ジャンル:伝記

ISBN: 9784642053105
発売⽇: 2022/11/02
サイズ: 19cm/250p

「仁明天皇」 [著]遠藤慶太

 平安時代と聞いて思い浮かぶイメージは、衣冠束帯や十二単(ひとえ)、雅(みやび)に都大路を行き交う牛車、権謀術数に長(た)けた公卿などではあるまいか。これらは紫式部が平安中期に記した『源氏物語』に登場する風俗だが、日本史上の区分では、平安時代とは実は400年もの長きに亘(わた)る時代である。二百六十余年の太平の世と呼ばれる江戸時代よりはるかに長いとなれば、平安時代すべてを一つのイメージで語るのは実は、無謀な行為である。
 本書はそんな時代像の陰に隠れがちな平安時代前期、9世紀半ばに生きた第54代天皇・仁明天皇の学術伝記。桓武天皇の孫として生まれた彼は、死後、音楽や故実といった分野において敬慕され、宮廷社会の典型的な天皇と見なされる。我々は日本史を学ぶ中でしばしば、「平安期には国風文化が誕生した」との説明を受けるが、仁明天皇の治世はまさにこの新たな文化の誕生期と一致する。つまり本書は一人の天皇の生涯に迫ると共に、我々が持つ平安時代観の原点を探る一冊。そんな彼が歴代の中で初めて、平安京で生まれ育った帝との事実は、実に象徴的だ。
 仁明朝を代表する政治史的事件に、「承和の変」がある。謀叛(むほん)の咎(とが)で橘氏・伴氏といった氏族の者が捕らわれ、皇太子が仁明の甥(おい)から長男へと改められた政変である。この変は通説的には、他氏族の排斥を目論(もくろ)んだ藤原良房の陰謀と理解され、以降の藤原氏による権力掌握のきっかけと位置付けられる。だが著者は政変の際、最終判断を下した仁明天皇の立場を重視し、通説に一石を投じる。ここにおいて我々はまたも、自らの平安時代イメージ、「暗躍する貴族像」の再検討を迫られる。そしてそれはすなわち、華々しく活躍する英雄や目覚ましい功績を立てた人物に注目しがちな視座への戒めともなる。
 過去を描きながらも、現在の我々に幾多の問いを投げかける、精到たる伝記である。
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えんどう・けいた 1974年生まれ。皇学館大教授(日本古代史)。著書に『東アジアの日本書紀』など。