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第168回芥川賞・直木賞、講評でたどる選考 「言葉の一つ一つが粒だつ」「おいしいけれど原材料のわからないジャムのよう」

記者会見場には受賞4作のタイトルが張り出された=19日午後6時22分、東京都内、瀬戸口翼撮影

 19日に決まった第168回芥川賞・直木賞の受賞作4作は、どのような点が評価されたのか。選考委員の講評から振り返る。

 芥川賞に決まったのは、井戸川射子さん「この世の喜びよ」と佐藤厚志さん「荒地の家族」。「同時受賞となった2作が最初から高い評価を得ていた。2作受賞に反対の委員はいなかった」と、選考委員を代表して堀江敏幸さんが説明した。

 「この世の喜びよ」はショッピングセンターの喪服売り場で働く女性に、「あなた」という二人称で呼びかけるような文章で書かれた作品。「二人称で語り手と主人公のあいだに距離を作り、登場人物がどんなふうに生きてきたのかを肯定するように追っていった。文章を読むというよりは、言葉の一つ一つが粒だつような、すばらしい作品だった」と述べた。

 「荒地の家族」は宮城県沿岸部を舞台に、震災で一変した風景のなかの日常を淡々とつづった作品。「震災後10年の世界をリアリズムの手法でまっすぐ正面から、てらいなく描いた。時を重ねて生まれてくるきしみのようなものを受け止めた」と評価された。造園業を営む主人公が「常に自分の肉体を通して言葉を発しているところに評価が集まった」とも話した。

 直木賞は小川哲さん「地図と拳」と千早茜さん「しろがねの葉」の2作。選考委員を代表して講評した宮部みゆきさんは「最初の投票から『地図と拳』が飛びだして高い点を取った。それに『しろがねの葉』が続いていた」と語った。1作受賞という流れが出てもおかしくなかったが、「しろがねの葉」に否定的な委員がいなかったことで「見送るのはもったいない」と2作受賞が決まったという。

 「地図と拳」は「満洲」にあった架空の都市の半世紀にわたる興亡を、史実と空想を織りまぜて描いた歴史巨編。600ページ超の大作だが、「見た感じの手ごわさよりも、はるかに読みやすい。現代史を扱った歴史小説であり、冒険小説としても読める。小説が持つすべての魅力が内包されている」と高く評価された。

 「しろがねの葉」はシルバーラッシュに沸く石見銀山を舞台に、天才山師に育てられた女性の生涯をたどる歴史小説。「血と土の匂いがしてくるような、生き物と土地との関わりをじっくりと描く筆力を存分に振るった」。直木賞候補作のなかで最もページ数が少なかった点も、「煮詰めて煮詰めて余計なことを書かず、しかも殺風景にならない。おいしいけれど原材料のわからないジャムのような作品だった」と評された。(山崎聡)=朝日新聞2023年1月25日掲載