リッチー・コッツェンの影響でギターを手に取り、ジョン・サイクスとデイヴ・ムステインでのめり込むようになって、スティーヴ・ヴァイとフランク・ザッパで引き返せなくなり、パコ・デ・ルシア、カニサレス、ビセンテ・アミーゴに衝撃を受け、山下和仁に打ちのめされる。
桃野のギター人生を簡単に振り返るとこうなる。
中でもジョン・サイクスのサウンドにはやられた。異次元だった。ザッパもザッパで別次元の音を紡ぐが、常にユーモアとアイロニーがあって耳に馴染む音だった。
サイクスの音は、鬼気迫る狂気と強烈な自負心でできていて、ただただ圧倒された。
最初にサイクスの演奏を聞いたのは、ロックバンド「ホワイトスネイク」が一九八七年に出したアルバムだ。タイトルはそのまま『ホワイトスネイク』。邦題はラテン語のサーペンス・アルバスで、彼はこのバンドのメンバーだった。
一音目から、他のギタリストとは明らかに違う音が飛び出した。一曲目の 「Crying In The Rain」(当時発売された日本盤はこの曲が一曲目だった。現在再販されているCDは、ヨーロッパ盤を基準にトラックリストが改められている) のイントロは、パワーコード三つのごくシンプルなものなのに、そびえ立つ分厚い壁が迫ってくるような力強さがあった。
どうだ! 俺のLes Paulは凄いだろ!
そんな自信たっぷりのドヤ顔さえ見えた気がした。
圧倒されているところにザクザクとしたリズムが続き、特徴的なメインリフが奏でられる。
ブルージーな音の選び方なのに、時折鋭いハーモニクスが金切り声のように揺れて、一瞬たりとも緊張感が途切れない。まさにサイクスのシグネチャー・サウンドだった。
トーンだけで個人を特定できるギタリストは多くない。当然のようにサイクスのメインギターである、Gibson Les Paul Customに憧れた。最近だと、アニメ化もされた漫画『ぼっち・ざ・ろっく』の主人公、後藤ひとりが使用していることでも有名なギターだ。
話は逸れるが、この『ぼっち・ざ・ろっく』の影響で、同モデルが売れているらしい。コミュニティの裾野が広がるのは、とてもとても素晴らしいことだ。これをきっかけに未来のギターヒーローが誕生すれば、音楽業界にとっても喜ばしい。
サイクスのトーンに近づくため様々な試行錯誤をした。後にも先にも、同じトーンを出したいと思ったギタリストはサイクスだけだ。だが結論から書くと、できなかった。似せることすら不可能だった。
同じ機材を買いそろえないと駄目なのかと悩んでいた時、偶然にもサイクスと同じスペックのギターを弾く機会を得た。それでも、マーシャルから出てくる音は、サイクスから程遠かった。
いろんなギタリストが証言しているが、結局トーンは自分の指で作られるのだ。ブライアン・メイの機材で演奏しても自分の音にしかならなかったと、ヴァイも証言している。だがこれは、他人の機材で自分の音を出せるヴァイが凄いということでもある。
サイクスのトーンを求めるのはやめた。これぞ自分だと思えるものを、ひとつでも多く手に入れる。こちらの方が大事だと気づいたからだ。
それでも、Les Paul Customへの憧れは今でもある。あの無骨で精悍な佇まいや音は唯一無二だ。いつか手に入れたい。
しかし、桃野がギターを始めた当初は二〇万円前後だったこのギター、二〇二三年の一月現在では、約七〇万円以上はする値段になっている。あらゆるものが値上がりしているのは承知してるが、ここまで高騰すると高嶺の花過ぎて、購入を検討することもできない。無念である。