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「千年の歓喜と悲哀」 父の生涯も遡り中国の現実示す 朝日新聞書評から

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月04日
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝 著者:艾未未 出版社:KADOKAWA ジャンル:伝記

ISBN: 9784041119631
発売⽇: 2022/12/01
サイズ: 20cm/381p 図版16p

「千年の歓喜と悲哀」 [著]艾未未

 昨年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞し、来日も果たした中国出身の現代美術家、アイ・ウェイウェイの自伝である。著者はわたし自身も関わる福島県での原発事故による帰還困難区域内で開催中の「見に行くことができない」展覧会(「Don’t Follow the Wind」展)に出品作家のひとりとして参加してくれている。被災者への慈善や同情ではない。自身、幼くして想像を絶する迫害下で育ち、ついには国外に出ざるをえなかった。そしていま、世界は至るところ難民で溢(あふ)れつつある。避難や離別、分断や隔離が人類の未来となりつつあるのだ。そんななか、アートになにができるか。著者は断言する――「もしアートが現実に関われないのなら、アートに未来はない」。彼にとってアートとはつねに結果ではなく「始まり」なのだ。
 それなのになぜ「自伝」なのか。本書は一読で単なる苦難の回顧でないとわかる。執筆は2011年に理不尽な理由で中国当局によって拘束され、ようやく解放の二日目から開始された。かつて文化大革命の嵐が吹き荒れた頃、詩人の父・艾青(アイ・チン)が同様に理不尽に辺境の地に送られ、極貧の生活を余儀なくされたのが我がこととして思い起こされたからだ。父や自分に起こったことはいまや地球上の誰にでも起こりうる。決して過去ではない。だからこそ、著者は中国でこの百年になにが起きたのかについて、父の生涯まで遡(さかのぼ)り、生活の細部にわたり克明に書いている。そのなんと生々しいことか。それなのに、本書の記述はどんなに深刻なことであっても、著者のアートがそうであるように、おおらかでユーモアがあり、根には底知れぬ人間愛がある。それは随所に盛り込まれた著者自身によるデッサンにも見て取れる。
 別の読み方もできる。08年、中国は国家による一大事業、北京五輪の直前に四川大地震に見舞われ多大な被害を出した。東京五輪では東日本大震災の復興が謳(うた)われた。五輪は文化・芸術の祭典でもある。地震の被害が隠されていることに心を痛めた著者は五輪の仕事から身を引き、犠牲となった子供たちの存在をネットで公開するプロジェクトに着手する。それが彼の考えるアートなのだ。結果的に自身の立場を危うくもした。だが、「他人の不幸を基礎に建てられた文明が永続できるだろうか」――著者はそう問う。果たしてわたしたちはどうか。「人の声がなければ、生活に温かみと色彩がなければ、思いやりあるまなざしがなければ、地球はただの感情のない岩が宙に浮かんでいるにすぎない」――本書の結びだ。
    ◇
1957年、北京生まれ。中国を代表する現代美術家、建築家、キュレーター。2008年の北京五輪メインスタジアム「鳥の巣」の設計に参加した。2011年に中国当局に拘束され、現在は欧州を拠点に活動する。