1. HOME
  2. 書評
  3. 「ギャラリーストーカー」書評 ハラスメントの原型を明らかに

「ギャラリーストーカー」書評 ハラスメントの原型を明らかに

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月25日
ギャラリーストーカー−美術業界を蝕む女性差別と性被害 著者:猪谷千香 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784120056161
発売⽇: 2023/01/10
サイズ: 20cm/227p

「ギャラリーストーカー」 [著]猪谷千香

 芸術の世界では女性というだけで評価が貶(おとし)められたりアイデアが盗まれたりしても、昔は、加害側の特異な才能は何物にも代えがたいとして見て見ぬふりをされることが多かった。それが近年、世界的規模で、芸術の世界といえども例外視せず、差別は差別として理解されるようになってきた。
 本書は日本の美術業界での女性差別の事例を地道に集め、加筆再構成した告発本なのだが、意外に類書が少ないのは、この世界的潮流に対する日本での反応が、なぜか比較的穏やかだからだろう。とはいえ、本書の出版は時宜を得ている。芸術家としてのキャリアをごく普通に選択するひとが増えたこと、美術業界などの「表現の現場調査団」や映像業界の「Japanese Film Project」といった、調査から全体像を把握する試みが重なったことなど、芸術に対する日本社会の底流の変化とちょうど対応しているからだ。
 本書で示された事例は、権力関係が経済的関係とどう対応するか、ギャラリー(パトロン)システムがある美術業界ゆえにかなりわかりやすく示している。たとえば、作品をたくさん買うことで作家の好意を得られるという考え方がこれほど直截(ちょくせつ)口にされるのもめずらしい。また、実学的教育において教師は知識や技術を伝えるだけではなく、業界の先輩でもある。美術教育の現場では、この点がハラスメントの温床になるという構図もわかる。
 結局、日本の美術業界における女性差別の実態は、一般社会では様々な思惑から見えにくくなっている差別の原型を提示しているともいえる。自分の成長に他の誰かの助力が欠かせないときに発生する差別は、現代の日本ではそれほど注意されていない。美術業界の特殊事情としてではなく、社会がどう人を育てるかという観点から本書を読むと、企業での人材育成の場面にも警鐘を鳴らしているようにも聞こえる。
    ◇
いがや・ちか 文筆家、弁護士ドットコムニュース記者。著書に『日々、きものに割烹着(かっぽうぎ)』など。