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僕のマリさん「書きたい生活」インタビュー 「常識のない喫茶店」の完結編、「明るいほうに行きたいという気持ちで」

僕のマリさん=家老芳美撮影

「出し切った」と思った前作の続き

――デビュー作『常識のない喫茶店』は1万部を突破し、韓国での翻訳出版、「NHK FM」でのラジオドラマ化など、大きく広がっていきました。マリさん自身はどんなふうに見ていましたか?

僕のマリ(以下、マリ):とんでもないことになっちゃった、みたいな。なんだろう……思いもよらぬ方向に転がっていった本だと思っていて、だからまだふわふわした感じもあります。書店員の方が発売後ずっと長く推してくださったことはすごくうれしかったですね。

――出版後の反響や感想で印象に残っているものはありますか。

マリ:もともと文学フリマで同人誌を出していたので、当時から読んでくれていた人が喜んでくれるのがうれしかったです。あと、喫茶店の同僚だった「しーちゃん」が、本を読んで「自分のことを『いいじゃん』と思えるようになった」と言ってくれました。

 ワンオペ中に暴言を吐いてきた男性客を店の外まで追いかけていったエピソードなど、しーちゃんのことはエッセイでもたくさん書いています。その都度「こういうふうに書いてもいい?」と確認は取っていたけど、改めて読んでそう思ってくれたことはうれしかったです。エッセイってその逆も多くて、書くことで誰かを傷つけちゃうことがあると思うので。

――新刊『書きたい生活』はそんな『常識のない喫茶店』の続編であり完結編です。「初めての商業出版」というエッセイでは、「通っている書店に自分の本が置かれているのを見たとき、人生の最終回みたいだ、と思った」と書いていました。

マリ:ふふふ、大げさ!(笑) でも「うわー、本当に置いてる!」って、走馬灯の一番大きく盛り上がるところみたいな気持ちになったんですよね。

――同人誌を作っていた頃から、商業出版は目標だったのでしょうか?

マリ:心の奥底ではできたらいいなと思っていたけど、めちゃくちゃ難しいともわかっていたので。出版の厳しさも色んな人から聞いていたし、「出せたらいいけどそんなの畏れ多い」みたいな感じでしたね。

 それに、出版できても『常識のない喫茶店』だけで終わっちゃうと思っていました。書いた直後は出し切ったという思いが強くて、自分の人生で、この喫茶店のこと以上に他人が読みたいと思うような面白いできごとなんて起こらないんじゃないかと感じていたんです。

日記が書くことの筋トレに

――『書きたい生活』では商業出版デビュー直前からの心境が綴られています。「出し切った」と思いながらも、やはり書き続けていたのでしょうか。

マリ:500文字から1000文字くらいの日記を寝る前に書くのが日課で、筋トレみたいになっているんです。書いておくと何があって自分がどう思ったか思い出せますし、エッセイを書く時も支えになってます。

――今作にも日記が収録されています。日記とエッセイは、マリさんの中でそれぞれどんな位置付けなのでしょう?

マリ:日記は自分の部屋の窓を少し開けておく感じで、エッセイは広場やステージに立っている感じでしょうか。日記に書いていることって、せっかく買った牛肉を腐らせたとか、友達の家に行くのにでっかいケーキを買ったとか、知らない人が読んだら「だからなんなん?」と思うことばかりなんです。でも、私は人の日記の「だからなんなん?」みたいな話を読むのが本当に好きで、そのどうでもよさから暮らしぶりやその人の輪郭が浮いて出てくると思っています。

 日記が自分自身のケアにつながっているとも感じます。私は日記に、「今日は洗面所の掃除をした」「買い物をした」「夕飯を作った」って、やったことを書いておくんです。そうすると読み返した時に「けっこう自分頑張ったじゃん」と思えます。

 1年くらい前から通っているカウンセリングの先生が、「スキーマ」という心理学の概念を教えてくれました。自分の経験や、長年積み重ねてきた価値観による思考のくせみたいなものなんですけど、スキーマが「自分は無能だ」と思い込んでいると、例えば掃除と料理と洗濯をしていたとしても、その事実を跳ね返して「今日も何もできなかった」と認識してしまうそうです。でも、やったことを書いておくと「ちゃんとやれてるじゃん」と思える。

――それはすごく大事ですね。

マリ:当たり前だと思っちゃいますよね。でも、「仕事のメール返したし」とか、小さなことでもいいから自分がちゃんとやっていることを認めないとなと思うようになりました。

――『書きたい生活』を読んでいると、自分を大切にしようとする様子が伝わってきます

マリ:喫茶店で働いていた時、されて嫌なことやそれは違うと感じることをみんなで頑張って跳ね返していたのが、じわじわ自分を作ってきたのかなって思います。喫茶店で働いていた時も、最初の頃は嫌なことを嫌だと言うのに勇気が必要だったんです。疲れるし、強く言い返していたとしても自分が傷つかないわけじゃないというか。でも、それをみんなで慰めあったり、「今のはこっちは悪くないよ」と確かめあったりして、自分たちの気持ちを守ってきた。それがいい訓練になったと思います。

 先日30歳になって、20代とは違う時間の流れがはじまったと感じています。明るいほうに行きたいな、という気持ちで『書きたい生活』を書いていました。

――30歳になったことに加えて、結婚したことも本には書いています。誰かと暮らすようになったことは、どんなふうに影響していますか?

マリ:掃除とか、買い物や料理とか、「相手と自分の健康を守る」と言ったら変なんですけど、そう考えて行動するとちゃんとできるところがあって。一人の時は夕飯も適当だったけど、二人だとちゃんとやるか、と考えるようになりましたね。

 誰かと暮らしていると、自分と他人はまったくの別物であると毎日思います。キャベツを買ってきて、一番外側のすごい緑のところを夫が使っているとか。「ちょっと苦いけどサラダに入ってるな……私だったら最初の2,3枚はむしりとるけど」って。賞味期限も、私はお腹を下すのが怖すぎて切れていたら諦めてしまうんですけど、向こうはいける派で。掃除の頻度もこんなに違うんだと思います。

――その違いを知るのは面白いことですか?

マリ:いや、最初はイラッとしました(笑)。でも暮らし始めて1年が経って、頑張って得手不得手を分担しながら生活していますね。

書けない時の話もそのまま書いた

――「生活」と「書きたい気持ち」がテーマの本なので、『書きたい生活』というタイトルはぴったりだと感じました。このタイトルはどう決まったのでしょう?

マリ:『常識のない喫茶店』に続いて編集を担当してくださった天野さんが、最初の企画書に書いていたのがこのタイトルでしたね。

天野(担当編集):そうですね。『常識のない喫茶店』が話題になる中で、「僕のマリ」という作家そのものよりも、舞台となった「喫茶店」のイメージを強く持っている人も多いのではと思っていました。だからマリさんから卒業するという話を聞いた時に、続編として喫茶店の話をちゃんと終わらせつつ、僕のマリという書き手の人柄がちゃんと伝わるものにしたいな、と。日記を収録したのも、マリさんが何を大事にしているのかという日常の部分を組み込みたかったからですし、それがあることでエッセイの底にあるものも見えてくるのではないかと考えていました。

 企画書の段階では、喫茶店のその後の生活が軸になると思っていたからまず「生活」は絶対に使いたくて。で、マリさんには今後もずっと書いていってほしいという願いを込めて『書きたい生活』を仮題にしました。結果的には内容も、この題に引き寄せられていきましたね。

マリ:かちっとはまった感じがありますね。

天野:企画書段階では「作家として書き続けたい」という意味でこのタイトルを捉えていたんですが、できあがってみるとむしろ「書き残したい」「なかったことにならないでほしい」という意味合いのほうが強くなった印象です。第3部「また本を書いている」の原稿が届いた時には、このタイトルにしておいて本当によかったと思いました。一番ここが苦労したんですよね。

マリ:第2部までの原稿を提出したあと、コロナになっちゃって。そのあとしばらく体が戻らなくて、全然書けなくなってしまったんです。最初は好きな音楽とか、支えてくれた本のことを書く予定だったけどそういうモードにならなくて、天野さんと電話で相談して、書けない時の生活をそのまま書くことになりました。

酔拳みたいに書いた?

――予定を変更するくらい書けなかった時期もあったのですね。

マリ:そんな時でも日記だけはかろうじて続いていましたね。筋肉には力が要らないから、つながっている腱で書いているような感じでした。

――「日記は筋トレ」という言葉が重く感じます。どんなふうにまた書けるようになっていったのでしょう?

マリ:原稿が書けない時はインプットもできていないので、じっくり本を読む時間をとるようにしました。あとは、自分を感動させてみる。ちょっとお酒を飲んで、いい本を読んで、「はあ〜…!」って感動するとか。そうすると書けるんです。酔拳みたいですけど(笑)。そうやって感動した時に勢いのまま書いて、普通の時に整えていく、というやり方はたまに使います。

――『書きたい生活』にも、マリさんが心を動かされた作家の名前がたびたび登場しますね。

マリ:そうですね。こだまさんや植本一子さんのエッセイ、よしもとばななさんの小説など、他の方が書いた名作が自分を引っ張っていってくれると感じることは多いです。原動力ですね。だからこそ、本当はもっと色んな本のことを書けばよかったなと思っているんですけど。

――ここで書けなかったことも次につながっていくのだと思います。取材をしている今日は配本日の前日ですが、今はどんな気持ちですか?

マリ:ええと……5月の文フリに向けて日記本を作っているので、今はそっちに気を取られています。

天野:1作目のときはあんなに緊張していたのに、2作目の余裕ですね……(笑)

マリ:すみません、急にベテランみたいに(笑)。やっぱり、『常識のない喫茶店』が好きな人が読んだ時に、何を思うんだろうって緊張しています。だけど今回はサイン本や特典ペーパーも作ったし、前回に比べると気持ちの準備もできたかな。とりあえず、きっと明日もどこか本屋さんには見に行くだろうなと思っています。