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「アメリカの人種主義」 多角的に検証し変革の道探る 朝日新聞書評から

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月08日
アメリカの人種主義 カテゴリー/アイデンティティの形成と転換 著者:竹沢 泰子 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784815811181
発売⽇: 2023/03/14
サイズ: 22cm/427,71p

「アメリカの人種主義」 [著]竹沢泰子

 先月、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表チームで活躍した、アメリカ出身のヌートバー選手が「ジャパニーズとしての誇りをもっと感じられるようになった」と述べたという。この話に感動したという反応がSNSで多く見られたが、それは日本で生まれ育った者が思う愛国心とはやや異なる心情ではないだろうか。かれの言葉の意味を理解するには、アメリカの人種主義(レイシズム)の中で生きるマイノリティの立場について学ぶことが助けになりそうだ。
 日系・アジア系を中心に人種カテゴリーの形成・転換を考察する本書は、アメリカの人種主義を知るための格好の書だ。まず、19世紀から広告やジョークで消費されてきた黒人、先住民、アジア系のイメージを分析する。たとえばスポーツでは、インディアンス(現・ガーディアンズ)などチーム名に人種的ステレオタイプが利用されてきた。日本に関しては、ゲイシャのイメージが広告や商品に。こうしたステレオタイプは、黒人やアジア系が標的となった殺人事件の背景にある人種憎悪に影響していると著者は指摘する。
 そして、白人・黒人・黄色人種などのカテゴリーが創られた過程を丹念に検証していく。大航海時代以降にヨーロッパ中心主義の他者観から形成された人種主義的言説は、人類学を中心に再生産され続けた。それに対抗する学知が20世紀初頭から顕在化し、1990年代にアメリカ人類学会は、人種に分類することは非科学的だという声明を出すに至る。2000年代までに「ポスト・レイス」(脱人種)が若者の心を捉えるが、2010年代以降、人種主義が一因となってアメリカの分断が進む。著者は、複数のルーツを持つミックスレイスや日系の芸術家たちに話を聞き、かれらがアメリカで「ジャパニーズ」というアイデンティティを戦略的に用いる、あるいは超えようとする姿を克明に記述する。
 本書は、人種に関わる研究を第一線で行ってきた著者の集大成だ。科学的には否定された人種が、アメリカ社会に構造的に取り込まれ、人びとに深く影響を与えてきた過程を消費・学知・制度などの多角的な面から緻密(ちみつ)に分析する大著である。
 印象的なあとがきには、著者が若い頃に第一作目の単著を出版したが、「二作目の壁」が厚かったこと、それから30年近い歳月が過ぎ、子育てや介護などのケアが重く苦しい時期を乗り越えて仕事に専心できたという経験が綴(つづ)られている。ここにも、読者は現状に抗する実践の可能性を見いだすだろう。
    ◇
たけざわ・やすこ 1957年生まれ。関西外国語大国際文化研究所教授、京都大名誉教授(文化人類学)。日本移民学会会長。著書に『日系アメリカ人のエスニシティ』、編著に『人種主義と反人種主義』など。