「毒の水」書評 幸せか、正義か 生々しい葛藤
ISBN: 9784763420565
発売⽇: 2023/04/06
サイズ: 19cm/417p
「毒の水」 [著]ロバート・ビロット
世界的大企業のデュポンが、猛毒の化学物質を工場外に垂れ流していた。広がる健康被害。巨悪に気づいた米国の弁護士が、市民のため、訴訟に挑む。18年の戦いの末に6億7千万ドルもの和解金を勝ち取り、政府も規制に乗り出した――。
本書はその弁護士本人によるノンフィクション。問題の化学物質は、日本でも注目が高まりつつある「PFAS(ピーファス)」という有機フッ素化合物だ。
もうこれだけで「映画化決定」の面白さなのだけれど(実際、されてます)、読みどころはもっとある。「自分はこの問題にどこまで関わるべきか」という、著者の生々しい葛藤だ。
彼はもともと、とくに気合の入った人権派弁護士ではなかった。むしろ逆。環境がらみの裁判で、大企業を弁護してきた。
無難なキャリアから外れてしまったのは、電話で助けを求めてきた男性が、著者のおばあちゃんの知り合いの知り合いで、頼みを断り切れなかったから。ウチの牧場の牛が毒で死んでいると方言でまくしたてられ、「この人、陰謀論者なのでは」と心配するくだりは、実に味わい深い。
戦いは無謀そのものだ。デュポンは知らぬ存ぜぬで時間を稼ぎ、政府の役人も証拠を隠す。原告にはお金がないので、裁判に負けたら報酬ゼロ。会社は給料を払ってくれているけれど、肩身は日々、狭くなる。
終わらぬ残業。育児は妻まかせ。クビにされる不安。心も体もぼろぼろ。
そして、ついに。
裁判が大詰めに入り、新聞に大きな記事が載ると、感謝の手紙がたくさん届いた。著者が苦労をかけ続けてきた妻は、それを読んで「すべて報われたね」と言ってくれたという。
個人の幸せと社会正義、どちらを取るべきか。小市民の自分だって、もしかすると……?
一歩踏み込んだときのしんどさを容赦なく教えられた一方で、勇気も(少しだけ)もらった気がした。
◇
Robert Bilott 弁護士。PFAS汚染被害者救済活動に関して「ライト・ライブリフッド賞」を受賞。