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『描かれた「故郷」』書評 植民地政策からの反映と葛藤と

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月20日
描かれた「故郷」 日本統治期における台湾美術の研究 著者: 出版社:東京大学出版会 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784130860659
発売⽇: 2023/03/28
サイズ: 22cm/326,12p

『描かれた「故郷」』 [著]邱函妮

 著者は、日本統治下における「台湾近代美術」の担い手を「台湾に住んでいる漢族系の日本国民」というアイデンティティーの輻輳(ふくそう)的な危機と、その克服(への努力)という視点から捉える。同じ問題は、欧米列強からの圧力で急遽(きゅうきょ)、近代化を余儀なくされた明治期の日本の美術家たちにも当然存在した。欧米と並ぶためにはその力を借りて近代化を成し遂げるしかないが、借り物なら自立はなしえない。その葛藤から大正期には「芸術家」という自我が芽生え、技術ではなく表現という境地も生まれた。
 けれども、日本が植民地化したことによって美術での「近代化」が進んだ台湾では、さらに複雑かつ困難な問題が生じた。台湾の美術家たちは、印象派やポスト印象派といった当時先進の技法を身につけることで「画家」や「彫刻家」となっていくが、それは同時に日本という宗主国のもとで「内台融合」することを意味した。本書は、その経緯について、従来のような植民地政策からの反映というだけでなく、いかにしてそこから脱するかという美術家たちの内発的な動機の所在と、作品での具体的な試みを詳細に見ていく。
 その際に通奏低音となるのが「故郷」だ。明治以来多くの画家がパリという芸術の都で自己を見失い、故郷としての日本と巡り合う。だが、台湾の美術家たちが「台湾」を発見するのは、そうして欧米から帰国し日本画壇の権威となる美術家たちが輩出する東京への留学を通じてのことだった。しかも当時の日本で台湾は「恐ろしい自然に溢(あふ)れた未開の土地」として差別や偏見の対象でさえあった。東京美術学校(現・東京芸大)に入学し、台湾で初めて帝展に入選するも、のちに国民党軍による二・二八事件で処刑された陳澄波は、みずからの「故郷」をどのように「洋画」に描いたか。
 「台湾美術」の研究に新風を吹き込むと同時に、「日本近代美術史」という枠組みにも一石を投じる内容だ。
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きゅう・はんに 1973年、台湾生まれ。国立台湾大学芸術史研究所助理教授。東京大大学院で博士号を取得。